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竜使いと白いドラゴン4

「緑は森、赤は命、青は水、黄は太陽…」
 ライエストはそれぞれの石輪の極彩色を言いながら、赤い一つ目が描かれた黒い布につける。
「黒はゼーブルグ様の色。ゼーブルグ様は神竜で、俺たちの祖先なんだ。本当かどうかは分からないけど。でも、きっとお前のことも守ってくれる」
 黒い布をサージェイドの首に巻く。真っ白な肌と対照的な黒色はとても映えて見えた。ライエストは当然とばかりに満足げに頷く。
「どうだ? チララに織ってもらったんだ。チララは村一番の機織り師で、美人だけど犬が大嫌いで…」
 ライエストの話を聞きながら、サージェイドは首に巻かれた布に鼻を近づけてふんふんと鼻を鳴らす。身を起こして立ち上がると、大きく振った尾が木の壁を掠めた。
「あー」
 ライエストは唸るように低い声を出す。
「俺の家、狭いからなぁ。お前の仲間を見つけて、お前がドラゴンだってババさまに認めさせたら、もっと大きい家を作るからな!」
 最初は水龍を相棒にするつもりだったから、村を出る前に家の樹の下に池を作ろうと少し掘っていた。きっともう必要ない。後で埋めておかないと、誰かが落ちるかもしれない。
 …その誰かが、まさか自分だとは思ってなかった。
「はぁ…」
 自分の足元に広がる空を眺めながら、ライエストは半眼で溜め息をする。重力に押され気味の血が頭に集まる。
 サージェイドに村を案内しようと家を出て、下りる階段の途中で飛び降りた。降りた先が悪かった。
「クァ、クァ」
 サージェイドがそわそわと落ち着かない動きで穴の上から顔を覗かせている。
「大丈夫。全ッ然平気!」
 痛いけど、怪我はしてない。体だけは頑丈にできている自信はある。少し土を食ったくらいで死にはしない。
「何してんだ?」
 通りかかった村人に声をかけられて、ライエストは引きつった笑顔で手を振った。
「大地の反対側から空を踏む感覚を知ろうとしてた」
 苦し紛れに出た言い訳に、村人は首を傾げる。「あまり無茶するなよ」と言い残して去っていった。
 誰も見ていない隙に穴から這い出て、空を仰ぎながら大きく伸びをする。やっぱり空は頭の上に限る。
「いい罠になる穴だったってこと、身をもって知った! 罠作りの才能あるな俺」
 服に付いた土を払って苦笑い。すぐに気を取り直して、サージェイドに村を案内することにした。
「あれは、ババさまの家。ここに来てすぐに行った家だな。長老たちとエルオゥが住んでるんだ。エルオゥはヒュドラで、村の外のこといっぱい知ってる」
 村で一番大きな家を指さす、そのまま指の方向をずらして木組みの見張り台へ向ける。
「あれは見張り台。見張りは交代でやってる。たま~にだけど、魔物が村を襲いに来るんだ。…んで、あっちにある水車小屋はセイラばあちゃんがパンを焼いてる。サージェイドはパンって知ってるか? 食える?」
 サージェイドに訊くと、サージェイドはこくこくと頷いた。その様子を見てライエストは水車小屋に向かった。
「セイラばあちゃん、いるか?」
 扉を開けて中を覗き込む。開かれた扉の奥からは、香ばしい匂いと水車で回る歯車の音がゴトゴトとする。
「おや、ライエストかい。よく来たね」
 背の曲がったセイラが優しい声と共に迎えてくれた。この家の主で、水車で小麦を挽いてパンを作っている。焼きたてのパンはとても美味しい。
「前にくれたイノシシの肉、とても美味しかったよ。ありがとう。すっかり狩りが上手になったようだねぇ」
「へへ。俺、弓使い上手くなったんだ」
「うんうん。りっぱなドラゴンも連れて、すっかり一人前になって…」
 セイラはライエストの隣にいるサージェイドの鼻先を撫でて、愛しむように目を細めた。
「さっきパンが焼けたばかりだから、好きなだけお食べ」
 セイラにパンをもらってお礼を言い、水車小屋をあとにする。サージェイドはセイラのパンを気に入ってくれて、とても美味しそうに食べていた。
 その後も村のあちこちを見て回り、いつの間にか双子の太陽は低い位置に移動していた。
 そろそろ家に戻ろうとしたところで、ライエストはふと足を止めた。目線の先には、自分が小さいころからよく遊んでいた友人であるガーライルの家。
 ライエストは村に戻ってから一度もガーライルの姿を見ていなかったことを思い出し、サージェイドと一緒にその家を訪れた。けれど家に居たのはガーライルの両親だけだった。
 ガーライルの母親はライエストを見ると目に涙を浮かべ、嗚咽を漏らしながら部屋の奥へと姿を隠し、父親は涙を堪えて話を始めた。その話の内容は、とても悲しいものだった。
 ライエストが村を出て数日くらい過ぎたころ、ガーライルは”竜返り”を発症したらしい。身を焼くような高熱にうなされながら、日に日に体は竜の鱗に包まれ、角が生えて爪が伸び、歯は抜け落ちて牙に生え変わった。幻聴と幻覚にうなされ、苦しさのあまり何度も「殺してほしい」と叫んでいた、と。両親も村の者たちも何もできず、ただただ祈りながら見守るしかできなかった、と。
 “竜返り”は原因不明の病で、患う者の年齢も時期も不特定、何の前触れもなく突然に発症する。血筋ゆえの病気のため外部の者に助けを求めることもできない。治す薬草も見つからない不治の病であり、その症状を和らげる方法すら無い。発症すると死ぬまで苦しみ続けるしかなかった。
 ライエストが埋葬場に行ってもいいか訊くと、ガーライルの父親は礼を言って頭を下げた。
 村から少し離れた森の奥、多種多様の花が咲き乱れる場所。その中央に、大きな平たい石が置いてある。ライエストの村では死者をこの石の上に寝かせて、自然に還すのが習わしだった。森からたくさんの獲物をもらい、死ねばその身を森の生き物たちに捧げるという命の循環になっている。
「レネ ニッカ ラースヤ」
 平石の前で手を組み、弔いの言葉を送る。一緒に育った友人の顔が思い浮かんで、ぎゅっと唇を噛んだ。
 平石のすぐ近くには大きな角が落ちていた。その大きさから“竜返り”で急激に体が変化したことが伺える。急激な体の変化は、全身を潰されるような激痛だと聞いたことがある。
 ライエストは身震いをした。村の誰もがこの病を恐れているけれど、恐怖と悲しみを深めないように黙っているのが暗黙の了解になっていた。でも、いつか自分も“竜返り”になってしまうかもしれない。そんな思いが心の奥にずっと染み付いている。
「クゥ…」
 ライエストの心境を察したのか、サージェイドが頭を擦り寄せる。
「ごめん。もう、村に戻ろう」
 極力元気を装って笑顔を返した。
 
 
 
 翌日になって、ライエストは忙しなく家の中を動き回っていた。
「本当に、行くのかい?」
 思い詰めた表情で、ルルカはライエストを見ていた。引き止めたい想いでいっぱいだった。
「うん」
 旅支度をしながら短く返事をする。ルルカを視界の端で見ただけで顔を合わせられなかったのは、ルルカの気持ちも分からなくはなかったから。浴びる視線は痛いくらいで。
 サージェイドのことについてバーシルと話したことを全てルルカに話したら、ルルカはすぐに険しい表情に変えて、今に至る。
「この子がドラゴンじゃないなら、何なのさ…」
 ルルカがサージェイドを見る目は、複雑な気持ちを帯びていた。見返すサージェイドの目は、まっすぐにルルカを見据える。
「だからそれを知りたいんだ。新種のドラゴンかもしれないし」
 ライエストは纏め終えた荷物を背負うと、サージェイドの白く長い首を擦った。
「村を出る以外の方法で、調べることはできないの? 村の外は何があるか分からないから…危ないよ…」
 ルルカは目を伏せて溜め息をした。目の前にライエストが立ち、真剣な眼差しを見せる。
「俺、一度村の外を見てきたからな。それに、知らないことは、知ればいいんだ」
 意志が固いことを告げられて、ルルカは引き留める言葉を失った。
「みんなには言わないで。俺、見送りされるの嫌だ」
「…本当に、アンタは自由勝手だね。絶対に…絶対に帰ってきなよ?」
「うん。約束する」
 そう言い残して、ライエストは白いドラゴンと共に家を出て行った。
 ルルカはぎゅっと目を閉じる。閉められた扉の音が、いやに耳に残った。
「知らないものに恐怖を感じないんだね。アタシは…怖いよ…」
 胸の前で手を組んで祈る。ライエストが兄と同じく戻らぬ人にならないように。必ず村に帰ってくるように。
 甥のいなくなった家はとても静かで広くて、少し寒気がした。
 
 
 
 
 
つづく

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