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竜使いと白いドラゴン3

 巨木の枝の上に建てられた家で、鮮やかな羽飾りを頭に着けた少女は洗濯物を干していた。
 ふと遠くへ目を遣り、あるものを発見するとその目は大きく見開かれる。
「ライエスト!? みんな、ライエストが帰ってきたよ!」
 少女は、村人たちに知らせるために大きな声で叫んだ。その知らせを聞いた村人たちはどよめき、村全体が騒がしくなり始めた。
 
 村に着くなり大勢の村人たちに囲まれて、ライエストとサージェイドは身動きが取れないくらいになっていた。
「よく無事に戻って来たなぁ。怪我とかしなかったか?」
「心配してたんだよ。ちっちゃいころからムチャばっかりして」
「まさか、本当にドラゴンを連れてくるなんて、やるじゃねえか」
「おとなしそうなドラゴンだね。人見知りはしないのかい? 名前は? 好物は?」
 ライエストは次々に声をかけられ、返事をする間も無いせいで何度も頷くことしかできなかった。懐かしい顔ぶれに、自然と笑みが零れる。隣りにいるサージェイドは村人たちの顔を見回しながら目をぱちぱちとさせていた。
「ライエスト、ババさまが…呼んでる…」
 深刻な面持ちで、友人のジェシェムが声をかけてきた。
 この場のサージェイド以外の全員が青ざめた表情に変わり、しんと静まり返る。
「クゥ?」
 急な空気の変わり様に、サージェイドだけが状況を理解できずに首を傾げた。
「サージェイド」
 ライエストは強張った表情で震え声を出し、両手でサージェイドの頬を包むように触れた。無理矢理に笑顔を作って、サージェイドを真っ直ぐに見据える。
「俺は今から、怖~い人に会ってくる。ここで待っててくれ…。だいじょう…ぶ。怖くない、怖く…ない…」
 言葉の後半は、殆ど自分に言い聞かせているようなものだった。ライエストは重い足取りで歩き、村の中央にある大きな家へ向かう。過去にも何度かこの長老の家に入り、その度に苦い思いをしてきた。この場所にいい思い出なんて無い。
 垂れ布で仕切られた奥にある大広間に足を踏み入れると、十数人の長老たちが横一列に並んで座っていた。どの長老も口を一文字に閉じている。血の気が引く思いをしながら、長老たちの前に正座をした。
 窓の外には、野次馬と化した村人たちとドラゴンたちが顔を覗かせ、固唾を飲んで見守っている。その中にサージェイドの姿もあり、窓から首を入れて大広間の中を興味津々に見渡していた。
 少し間をおいて、並ぶ長老たちの真ん中に座っている老女が鬼のような形相で目を見開いた。
「こりゃ!! ライエスト!!」
 村全体に響く一喝。それはまるで嵐の落雷で、ライエストは浮き上がるほどびくりと体を揺らした。
「勝手に村を出おって! みながどれ程心配したか、分かっておるのかぁ!!」
 間髪入れずに続く二撃目に、ライエストの体は小さくなって硬直する。
「バーシルよ、そんなにカッカするでない。無事に戻ってきたのだから…」
「黙りゃせ!!」
 端に座っている2本の角を生やした長老が諫めたが、大長老であるバーシルの怒りは治まらなかった。怒鳴りつけられた角の長老はしずしずと頭を下げる。
 ライエストは勇気を出して、引き攣る口をゆっくりと開いた。
「俺は、村を出て水龍を探しに行くって、言った…」
「誰も許可しておらぬわッ!!」
「ひっ。…ご、ごめん…なさ…い…」
 慌てて頭を床すれすれに下げる。せめての言い訳もあっさりと一蹴され、完全に退路を断たれてしまった。
 すると、サージェイドが注意を引くかのように「ガァ」と一声上げ、自身の体よりも小さい窓からするりと入って来た。ライエストを守るように身を寄せ、長老たちを見つめる。
 長老たちは老いて小さくなった目をそれぞれに大きくし、ひそひそと声を漏らし始めた。
「見たことがない。誰のドラゴンじゃ?」
「どうやって入ってきた?」
「輝くように白い…奇妙な気配…」
 狼狽える長老たちの中、バーシルだけは冷静な眼差しをサージェイドに向けていた。
「サージェイド、あっちに行ってろ。お前も怒鳴られるぞ」
 ライエストは小声でサージェイドに言い聞かせる。しかしサージェイドは動こうとしなかった。
「ふむ…」
 バーシルは溜め息をして背後にある巨石のようなものに話かけた後、ライエストに向き直る。
「そやつに免じて許すとしよう。…解散!」
 バーシルの言葉で、張り詰めていた空気が解放された。長老たちは立ち上がって大広間を出ていき、窓の外の野次馬たちもそれぞれの持ち場へ戻って行った。
 ライエストは緊張の糸が切れて、ぐったりとその場に倒れる。
「おーい。ライエスト、生きてるかぁ?」
 友人たちが部屋に駆け入り、からかいながらライエストの顔を覗き込んでくる。
「こ…、こわ、かっ…た…」
 掠れ声で返事をすると、友人たちは腹を抱えて大笑いしたり、同情する表情で頷いたりと、各々の反応を見せた。
「ライエストのドラゴンすげーな! ババさまに立ち向かおうとするなんてよ」
 ジェシェムが興奮した様子でライエストとサージェイドを交互に見る。
「僕のジェラツじゃあ、怖がって逃げちゃうよ」
 と、ゼルハが抱き上げている小型のワイバーンの頭を撫でながら言った。
 ライエストは友人たちに囲まれながらサージェイドと共に長老の家を出ると、改めてサージェイドを紹介した。
「でもさぁ。生白いし、硬い鱗もないトカゲ肌じゃ、弱そうだなー。こんなドラゴンでいいのかよ? 強いドラゴンを相棒にするって言ってたじゃん」
 ラッカルはサージェイドの首を撫でる。撫でられたサージェイドはぶるぶると身震いをした。
「え…」
 ラッカルが目を丸くする。ふにふにとした柔らかい手触りが硬いものに変わっていた。見れば、つるつるとしたトカゲ肌は白銀の短剣のように大きく硬い鱗がびっしりと生えた身体になっていた。
「なんだこのドラゴン…」
 ラッカルは恐る恐るサージェイドから離れた。サージェイドは得意げな表情でラッカルを見ていた。
「急に大きな鱗が生えた? こんなドラゴン、見たことも聞いたことも無いですね。全長は6メートルくらいの中型ドラゴンタイプ。色は白、青い鬣…」
 ゼルハがくいと眼鏡を上げて分厚い竜の本のページを捲りながら、サージェイドの竜種を調べ始める。
「何だか不思議だけど、見た感じはおとなしそうだし、話も理解してるなら危険性は無いんじゃない?」
「珍しい種族なのかもな。群れでいたのか?」
「いや、それが…」
 ライエストは湖にいた白い水龍が変化してこのドラゴンになったことを話した。
「水龍なの?」
「別の竜種に変化するなんて有りえねーよ。お前の見間違いだろ」
「で、でも、さっきの鱗のこともあるし、変身できるドラゴンなのかもしれないよ?」
 友人たちが話し合うのを眺めながら、ライエストは口を噤んだ。サージェイドが水龍たちから避けられていたことは言えなかった。
 
 村の者たちが去り、大広間は静寂が戻っていた。
 大広間の奥で、バーシルは殆ど見えていない目を上へと向ける。
「エルオゥよ」
 名を呼ぶと、バーシルの背後にある巨石のようなドラゴンが5本の首をもたげた。今は亡き夫を守ってくれていたヒュドラで、村のドラゴンたちの指導役を担ってくれている。
 エルオゥは、バーシルを囲むように大きな頭を寄せる。
「ライエストが連れてきたドラゴン、どう思う?」
「グルル…」
「やはり、そうか…」
 バーシルは予想していたことが当たっていたことに、表情を曇らせた。
「では、あれは…何であるか。もしや“白の破壊”と“星喰らう化け物”のどちらかか?」
 再び問いかけるも、エルオゥからの返事は無かった。それは、永い時を生きてきた叡智の存在にも知り得ないことを意味していた。
「ううむ…」
 憂う表情で、バーシルは呻いた。
 
 時は夕刻を迎え、ライエストは旅の出来事などを話していた友人たちと別れの挨拶をした。
 薄暗くなった村のあちらこちらに篝火が灯り、村は朱色の景色になる。
「サージェイド、疲れただろ。俺の家はこっちだ」
 ライエストは大きな樹の上に建てられた家を指さすと、樹の幹を周るように設置された階段を駆け上る。サージェイドは骨格だけの翼を広げて飛び上がり、ライエストの家の前に着地した。
 久しぶりの我が家の扉を開けると、そこには仁王立ちした女性が立ちはだかっていた。
「こ・ン・の…馬鹿ライエストぉ!」
 赤く長いクセ毛を揺らして怒りの表情を露わにする。ライエストの父親の妹で、名前はルルカ。ライエストは生まれる前から父親はいなかったし、母親は物心つく前に死んでしまっていた。ルルカは母のように世話を焼いてくれて、姉のように仲良く暮らしていた存在だった。
「あー…」
 ライエストはばつが悪い顔をして肩を竦める。
「まぁいい。アタシが怒りたいことは、ババさまが言ってくれたからね」
 と、ルルカは表情を和らげて、ライエストを抱きしめた。
「…おかえり。無事に戻ってきてよかった…」
「ただいま。…ごめん、ルルカ姉…」
 ライエストは抱きしめるルルカに身を任せて目を閉じた。抱きしめられる腕の強さが、どれほど心配させてしまっていたかを感じさせた。
 家に入るとルルカはライエストに茶を用意し、サージェイドにはドラゴンが好む草を煎じた茶を木のバケツに入れて用意した。サージェイドは不思議そうに茶を見ていたが、飲み始めると気に入ったようで、全部飲んでくれた。
「あはは、いい飲みっぷりだね」
 ルルカは上機嫌でサージェイドに近づき、その姿を眺める。
「アタシはルルカだよ。今日からよろしくね。ここら辺じゃあ見ない竜種だね。名前は?」
「サージェイドだよ。そいつが自分で言ってた」
「自分で? この子、喋るのかい?」
 ルルカはライエストとサージェイドを交互に見遣る。
「うーん、多分?」
 言い切れずに、ライエストは首を傾げた。
「何だいそれ。アンタが連れてきたんだから、しっかりしなさいよ」
 ルルカは呆れて溜め息をする。
「ま、今日の所はとやかく言わないよ。疲れてるでしょう? ゆっくりお休み」
「ん…」
 ルルカの優しい気遣いと声がくすぐったくて、ライエストは気の無い返事をした。
 
 
 
 カツカツと、扉を叩く音でライエストは目を覚ました。
 隣で丸くなって寝ているサージェイドを起こさないように起き上がり、まだ眠ろうとする目を擦りながら扉を開ける。
「ギャア」
 体長3メートルほどの小型のワイバーンが扉の前で羽ばたいていた。後足で掴んでいた木の札をライエストに渡すと、ワイバーンは飛び去って行った。
 木の札には【話がある すぐに来たれ  バーシル】と書かれていた。
 半開きだった目が全開になり、ぼやけていた思考が覚醒する。
「えっ、また!? …こ、今度は何だよぅ…」
 朝から憂鬱な気持ちになりながら、渋々と長老の家に向かう。大広間にはバーシルの姿があった。他の長老が居ないことを不思議に思いながら、ライエストはバーシルの前に座った。
 ライエストが座ったのを確認すると、バーシルは重い雰囲気で口を開いた。
「ライエストよ、手短に言おう。お前が連れて来たものは、ドラゴンではない」
「え…」
 思いがけない言葉に、ライエストは眉をひそめた。
「存在が何であるか分からぬ以上、村にどう禍福をもたらすかも分からぬ。共に生きるわけには…」
「そんなことない! サージェイドは水龍たちと一緒に暮らしてた」
「水龍には見えぬが」
「それは…、水龍から姿が変わったからで…。ドラゴンじゃないって言うなら、なんだっていうんだよ!」
「それは、わしにも分からぬ」
「じゃあ村の誰も知らないドラゴンなんだよ。俺がサージェイドの仲間を見つける。村の外はすっごく広いんだ。きっとどこかにいる! 絶対に見つけて、サージェイドがドラゴンだって証明する!」
 ライエストは強い気持ちを込めて、バーシルに伝えた。竜使いとして一人前になるためじゃなくて、あんなに人懐こくて優しいドラゴンをまたひとりにさせてしまうなんてできなかった。
 バーシルはライエストがまた勝手に村を出てしまいそうな勢いに、深く溜め息をする。
「真実を得ることが、必ずしも己の為になるとは限らぬ」
「そんなの分かってる!」
 互いに譲らず、確固たる意志を込めた視線が交わり、沈黙の時間が流れる。
 先に口を割ったのはバーシルだった。
「…まったく。お前は本当に、一度決めたら聞かん子じゃ。昔のアルフォドに似ておる」
「父さん、に…?」
 バーシルの話にライエストは首を傾げた。父親の名前しか知らないし、誰かから教えてもらうことも無くて、知る機会なんて無かった。
「アルフォドはドラゴンと共に村を出て戻って来なかった。わしは、お前も戻らないのではないかと案じておった。じゃが…、お前はきっと違うのかもしれん」
「それじゃあ…」
「うむ。どうしてもと望むのなら、お前が信じた道を進みなさい」
「ありがとう、ババさま。俺、必ず村に戻ってくるから!」
 ライエストは表情を明るくして、バーシルに言った。バーシルはやれやれといった様子で、溜め息をする。
「では、最後に大事な話をしよう」
 改まってライエストを見据え、バーシルはゆっくりと話を始めた。
「我らとて、外の世界と相容れたい気持ちはある。だが、過去に何度歩み寄ろうとも、決して認めてはくれなかった。アルフォドは、我ら竜に近しい血族と人間が互いに理解し、共に生きられる方法を探すと言って村を出た。…じゃが、戻ってこなかったということは、許されなかったのだろう」
 目を伏せて、悲し気に語るバーシル。そんな大長老の姿は初めて見るもので、ライエストはバーシルから目を逸らした。
「ライエストよ。よく肝に銘じておけ。我が一族の祖先は竜族との混血じゃ。人目から離れて暮らしてきたのも、世俗から呪われた者とされたが故。世代を重ねて竜の血は薄れ、ほとんど人間と変わらぬ姿だが、未だ稀に尾や角が生えた赤子が生まれる。お前もその ひとりじゃ。生まれてすぐに尾は切り落とせるが、角は折れぬ。決して村の外の者に見られぬよう用心するんじゃ」
 言い聞かされて、ライエストは無意識に自分の頭に触れた。髪に埋もれて殆ど見えないが、後ろに向かって2本の小さな角が生えている。
「ゆめゆめ忘れるな、我らは呪われた身。“竜返り”にも注意せねばならん。体に異変が起きたら、すぐに村に戻るんじゃぞ」
 深刻な表情で言うバーシルの声はとても低く、その話はとても重いもので。
「世界はまだ…我ら血族を許してはいない」
 ライエストの心に深く刺さるように残った。
 
 
 
 
 
つづく

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