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再会の距離

アーミィとⅨ籠のお話。
鴉ノ籠のお話の後あたりに位置する内容かもしれない。


 細かな毒砂の風が頬を撫でる。
 崩れたビルが点在するこの誰もいない廃れた街を選んだ理由は特に無いけれど、場所で言えばお互いに有利でも不利でもないとアーミィは考えていた。
 ただ、時間で言えば悪条件なのは自分だけで、その理由は夜だからだった。でも、それでもいいと思っていた。
 暫くの間、アーミィは視界の悪い暗い世界を進み、指定の場所に着いた。
 霞んだ三日月の光の下、公園だった広場にある水の無い円形の噴水の縁に腰をかけている黒い後姿が見える。アーミィは十分に辺りを注意しながら広場に足を踏み入れた。他の者の気配が無いと分かると、少しだけ気が緩んだ。
 アーミィは深く息を吐いた。数年間、ずっと離れていた弟との再会。背の低かった弟は、あの頃と違って背丈も体格も同じくらいになっている。
 1対1で会いたい、こちらの用件が済めば後は自由にしていい。という条件。本当に応じてくれるとは思っていなかった。罠を仕掛けてるだろうと覚悟していたけど、そんな様子も無さそうだった。
 憎まれていることは知っていたし、今更元通りにできないことも知っている。全て、自分のせいであり、そのせいで大切な弟を傷つけた。
「へぇ…。本当にひとりで来たんだな」
 どう声をかけようか迷っていると、先に声をかけられた。
 Ⅸ籠がゆっくりとこちらへ振り返る。同時に、隠す気のない鋭い殺気を向けられる。
 良く知っているはずの弟の、初めて見る顔。軽蔑するような冷たい目線。そういう顔をされることは十分承知していたけれど、いざ目の前にすると心に爪を立てられた気分になって、声をかけようと薄く開いていた唇を噤んだ。
「よほど余裕なのか、ただのバカなのか…。先に言っておくけど、オレを殺せるなんて期待するなよ?」
 一切の温度を感じさせない口調で、Ⅸ籠が言った。こちらへ身体を向けて座り直すと、目を細めて睨みつけてくる。
 こんな言い方をするようになってしまったのかと、アーミィは昔のⅨ籠とはすっかり変わってしまった様子に喉が引き攣るような息苦しさを覚えた。
「そんなつもりで呼んだんじゃないよ。話がしたかっただけ…」
 アーミィは首を振って答えた。
「Ⅸ籠こそ、ひとりで来てくれたんだね」
「お前がそう条件を付けたんだろう?」
「うん。応じてくれて、ありがとう」
「…何それ…気持ち悪い…」
 あからさまに嫌悪の表情を浮かべて、Ⅸ籠が呟いた。そんな顔をされるのが苦痛に感じて、アーミィはⅨ籠から目を反らせた。あんなに懐いていた弟の変り様に指先が震える。目の前の弟は本当に9番目の弟なのか、疑念すら浮かぶほどだった。
「Ⅸ籠…だよね?」
 不安から思わず声に出してしまって、アーミィは下手したとすぐに気付いた。思った通り、Ⅸ籠は表情を険しくする。
「はぁ? 破棄されたと思ってた? ああ、そうだよね、お前と違って”オレたち”は欠陥兵器だからな」
「違うよ。そういう意味で言ったんじゃない。Ⅸ籠は完全な永久少年だよ。僕と同じ」
Ⅸ籠の卑屈な言い返しに、アーミィはすぐさま否定の言葉をかけた。
「…ねぇ、Ⅸ籠。”オレたち”って、どういうこと?」
 もしかして、10人目が存在するのか。でもその可能性は有り得ない。10人目を造らせないために、逃亡したのだから。可能性としては、処分したと聞かされた8番目までが本当は処分されていなくて、Ⅸ籠がその存在を知ったとしか思えない。
「お前と無駄話するつもりは無い」
 触れられたくないことだったのか、Ⅸ籠が低く強い口調で言った。
「で? 用件は何?」
 と、吐き捨てるように言いながら、Ⅸ籠が立ち上がって近づいてきた。暗闇に透ける様な、黒い姿。凍てつくような視線。
 たった5メートルほどの間合い。その先にいる弟が、とても遠くに思えた。
「ごめんね、Ⅸ籠」
 アーミィは、真剣な眼差しを向けて、ゆっくりとしたひと言を口にした。
 ずっと言いたくても言えなかったことを、やっと言えた。この言葉を、今まで何度心の中で叫んだ事か。
 Ⅸ籠は驚いたように目を見開いた後、すぐに顔を歪めた。
「はぁ? どういうつもり?」
 その声色には疑惑も不満も怒りも混じっていた。
「今日、呼んだのは、Ⅸ籠に謝りたかったからなんだ」
「あははっ、何それ? 命乞いのつもり? そういうの、オレには通用しないよ?」
 首を傾げて冷笑するⅨ籠に、アーミィは唇を噛んだ。これも、こうなるであろうとある程度の予想はしていたけれど、実際に目の当たりにしてしまうと、やりきれない気持ちになった。
「Ⅸ籠…。僕のこと、恨んでるよね」
「それはお前が一番分かってるだろう?」
「屋上に行った時のこと、覚えてる? Ⅸ籠が光に弱い目だったなんて、知らなかったんだ。酷いことしたと思ってる」
「……」
「Ⅸ籠の目の事で、大人たちが話し合ってるのを聞いたんだ。新しいクローンを造るって。新しいのができたらⅨ籠を処分するって言うから、僕はクローンを造らせないように逃げた」
「…嘘だ…。そんな話、信じるわけないだろう?」
「Ⅸ籠が信じたくないなら、それでもいい。でも、僕はその事を謝りたくて、今日会いに来たんだよ」
「黙れッ!」
 Ⅸ籠が急に飛び掛かってきて突き倒す。アーミィはⅨ籠の行動をそのまま受け入れた。最初から受身を取るつもりはなかった。
 硬い石畳に背中を強く打って、肺が呼吸するのを拒んで息が詰まった。
 そんなアーミィに、馬乗りになってⅨ籠が見下ろす。その顔は不服そのものだった。
「…どうして抵抗しない?」
「僕の用件は済んだから。あとはⅨ籠の好きにしていいよ。殺したいなら、そうすればいい」
「お前…何言って…。…ふざけるな!! 今まで尻尾すら掴ませなかったクセに!! 何なんだよッ!!」
 大声を出して、Ⅸ籠は手にしたクナイを振り下ろした。右肩に激痛が走って身体が強張った。
「オレのこと、出来が悪い劣化品だって見限ったんだろ!?」
 堪えるような声で、Ⅸ籠が言った。
「え…」
 アーミィは目を大きくした。そんな事、一度も思ったことがない。一体何を言っているのか。
「お前がいない間、オレはずっと、出来が悪い代用品扱いされて…どんなことされて、どんな思いで過ごしたか…。こんな…謝ったくらいで…! 絶対に…許すもんか…!」
 その話にアーミィは息を呑んだ。Ⅸ籠の様子から、想像していたよりも深刻だと感付いた。でも、Ⅸ籠が出来が悪いなんてことは無い。光に弱い目ではあったけれど、それを補うに十分過ぎる絶対的な支配能力を持っていた。それに9番目にしてやっと成功した永久少年なのだから、厳酷な扱いをされるはずがない。Ⅸ籠は何を言われたんだ。何があった。
「僕はⅨ籠を悪く思ったことなんてないよ!」
「嘘つくんじゃねぇッ!!」
 Ⅸ籠が声を荒げて刀を抜いた。
 アーミィは反射的に身構える。けれど、振り上げた刀が振り下ろされることはなかった。
 Ⅸ籠は振り上げた右手を、自分の左手で押さえていた。
 その時に、アーミィは確かに聞いた。Ⅸ籠がとても小さな声で「兄さんを殺さないで」と呟くのを。
 Ⅸ籠は舌打ちをして刀を石畳に突き刺す。威嚇するような鋭い視線を向けたまま、ゆっくりと立ち上がって身を引いた。
「帰れよ…。今日は、見逃してやるから」
 掠れた声で、Ⅸ籠が言った。
 アーミィは血の流れる右肩を押さえながら立ち上がる。Ⅸ籠の不可解な言動も気になったけれど、それを訊くための言葉が思いつかなかった。
 Ⅸ籠の中で、まだ少し、ほんの少しだけでも、まだ気持ちがあるのなら。
「これだけは信じて。僕はⅨ籠を裏切ったんじゃない。国家を裏切ったんだよ」
 と、そう言うと、Ⅸ籠はぴくりと身体を揺らして目を見開いた。そしてすぐに歯を食いしばった。
「うるさいッ!! さっさと消えろ!!」
 そう叫んでⅨ籠がクナイを投げてきた。左腕を掠めて後ろのコンクリート片に刺ささる。
 何もかも拒絶するような目で見据えてくるⅨ籠に、これ以上はどんな言葉をかけても反感を買うだけだと判断したアーミィは、踵を返して歩き始めた。
 後ろから斬りかかってくるなら、それでもいいと思った。
 しかし、数メートルほど歩いたところで、背中に刺さったのは刀の切っ先ではなく、嗚咽を殺して泣く声。
 それはずっと昔に聞いていた弟の泣き声と、全く同じだった。
「Ⅸ籠…!」
 耐えられなくなって振り返る。
 けれど、そこに弟の姿は無かった。
 
 遠くの空が明るんできた広場に、苦い毒砂の風が通り過ぎていった。
 
 
 
 
 
終わる

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