インデックスに戻る

ある日の任務

ジャックとⅨ籠のお話。ジャックが気苦労するだけ。


「ジャック、どこに行くんだ?」
 廊下でⅨ籠に声をかけられて、嫌な予感がした。
「これから任務だ」
 時間もあまり無い。ここで時間を潰すわけにはいかず、ジャックはさっさとⅨ籠の横を通り過ぎた。けれど、Ⅸ籠はこちらを覗き込むように見上げて付いて来る。
「オレも行っていい?」
「邪魔だからついて来るな」
「おとなしくしてるから」
「はぁ…」
 ジャックは額に手を当てて呻いた。Ⅸ籠が絶対に付いて来る気でいるのが雰囲気で分かる。正直言うと困る。何せⅨ籠は暗殺に向いてない。目撃者がいたらそいつも始末すればいいという考えだからだ。そういうのが一番に面倒でしかない。
「本当だな? 本当におとなしくしてるんだな? 邪魔するなよ!?」
 これでもかと言うほど、よ~く念を押すと、Ⅸ籠はこくこくと頷いた。
 それでもやっぱり不安は拭えなかった。
 
 
 夜は短くは無いが、目的を成すのに短時間で終わらせるに越したことは無い。しかし、予定の時間に遅れ気味だった。理由は他ならぬⅨ籠のせいだった。
 Ⅸ籠の気配を消すことに関しては本当に関心する。全く物音を立てずに後ろをついて来る様は、闇夜であれば近くにいたとしても完全に姿を見失うほどだろう。しかし、そうであってもⅨ籠は何か見つけるたびに足を止め身を屈める。虫か小動物でも観察しているらしい。これが遅れる原因だった。
「おい、自分の任務じゃないからって気ぃ抜き過ぎだろ。遊びに来たんじゃないぞ」
「ジャックは全力で走ってていいぞ。すぐ追いつくから」
「何か癪に障る言い方だな」
 ジャックは半眼でⅨ籠を見据えた。Ⅸ籠より走る速度が遅いのは事実ではある。他意の無い言葉だったのだろうけど、気にしていることをサラリと言うⅨ籠に少なからず腹が立つ。苛立ちを原動力にして、ジャックは全力疾走した。
 町外れ、外灯の少ない狭い路地。何とか予定の時間前に目的地へ着いたことに安堵した。
 ターゲットの要人は命を狙われているのを薄々感じているのか、人目を避けるようにこの人通りの殆ど無い辺鄙な飲み屋で酒を飲んでから帰宅している。それがかえって好都合だった。
 草の茂みに身を潜めて、待つこと数分。建物からふらふらと酔った男が出て来た。間違いなくターゲットの要人だった。だが予想外な事に、連れの男がいた。連れの男は酔っていないようで、覚束ない足取りの要人の肩を支えている。家まで同行するであろうことは大いに予想が付いた。
 Ⅸ籠だったら迷うこと無く、どちらも始末すればいいと言い出すだろう。そこは暗殺部隊としてのプライドもある。絶対にターゲットだけ始末したい。ターゲットの自宅は繁華街の中にある。そこまで戻られる前に何とかして2人を引き離さなければ。
 ジャックがあれこれと方法を考えていると、隣で伏せていたⅨ籠はきょろきょろと辺りを見回していた。また何か見つけたらしく、立ち上がって近くの草むらへ寄って行った。
「ジャック、猫いるぞ。猫」
「おとなしくしてるって言っただろッ…!」
 ジャックはⅨ籠の軽はずみな行動に小声で怒鳴った。
 しかしⅨ籠は全く気にせず、野良猫を抱きかかえて戻って来た。
「ほら、かわいいぞ」
「お前な、話聞い…って、ぶっさいくな猫だな」
 Ⅸ籠がずいっと近づけてきた猫の顔を見て、ジャックは反射的に感想を述べた。可愛さを一欠けらも感じさせない、どう頑張って見ても不細工な三毛猫だった。Ⅸ籠の美的感覚はズレてるのかという考えが脳裏を掠める。
「にゃッ!」
「イテ」
 はたして猫に人間の言葉が通じたのかどうか不明だが、機嫌を損ねた野良猫はジャックの顔を引っ掻くと、Ⅸ籠の腕から飛び出して通りへと走って行った。
 野良猫が要人たちの目の前を通過して行くと、頭を垂れていた要人は顔を上げた。
「お? 猫だ。俺の女が欲しがってたんだ。お前、捕まえてこい」
「えぇ? でも今の猫、全然可愛くないですよ?」
「いいから、早く捕まえてこい。捕まえられなかったら左遷だ」
「そ、そんな…パワハラ…」
 酔っているせいなのか、連れの男に無茶を押し付ける。連れの男は慌てふためきながら、猫を追って小路へ走っていった。
 ひとり残った要人。この好機を逃す手は無い。
 ジャックは辺りを見回してに誰もいないのを確認すると、静かに目的の人物へ近づいた。
 
 
 Ⅸ籠のお陰…とは思いたくないので、不細工な猫のお陰であっさりと任務を完了できたことにして、ジャックは帰るのを渋るⅨ籠を無理矢理連れて帰還した。
 大通路の一番目立つ柱に寄りかかっている、刺斬と鎖が見えた。人通りの多いここに2人がいるということは、Ⅸ籠がいないことに気付いて探していたのかもしれない。思った通り、Ⅸ籠の姿を見つけるとすぐさま2人は駆け寄って来た。
「ボス、どこに行ってたんですか」
 刺斬が気遣わしげにⅨ籠に声をかける。
「ジャックと遊んでた」
「俺は任務だったんだけどなぁッ!」
 何の迷いもなく答えるⅨ籠の背中に向けて大声を出すと、鎖が怪訝な表情で睨んできた。
「任務だぁ!? クロウに怪我させてねぇだろな? かすり傷でも許さねぇぞ!」
「見ての通りだ! 俺だけ引っ掻かれて終わったよ! そんなに心配なら、Ⅸ籠から目ぇ離すなよ!」
 鎖に言い返してこの場を去ろうと思ったが、段々と怒りが込上げてきて、ジャックは刺斬と鎖を睨み付ける。
「お前ら保護者だろ! ちゃんとそいつ躾けとけ! 全ッ然、言うこと聞かねぇ!」
 ジャックは首をかしげるⅨ籠を指差した。
「お言葉っスけど。俺も鎖さんも、クロウさんの部下であって、親ではないんで。それに『親は無くとも子は育つ』って言いますし?」
「はははっ! そりゃ、俺らみてぇなクローンにはお似合いだなぁ!」
 しれっと言い返してきた刺斬と、豪快に大笑いする鎖。
「オレ、子供じゃないし」
 さらに追い打ちをかけるかのように言い放つⅨ籠。
「こいつら、やりづれぇ…」
 ジャックは口の端を引きつらせる。どっと疲れが沸いてきた。
 怒りを通り越して、呆れるしかなかった。
 
 
 
 
 
終わる

作品一覧に戻る