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子供の事情

鎖とⅨ籠のほのぼの話。


「大人になりたい?」
 鎖は、言われた言葉をそのまま返した。具体的な内容ではない、曖昧な内容に疑問符が浮かぶ。
 廊下を歩いていたらⅨ籠に会ったのだが、言い辛そうながらも真剣に言うものだから、何か事情があるのかもしれない。
 そのまま返された言葉に、発言主であるⅨ籠は気まずそうに目を逸らす。
「その…お前たちみたいに、大人になれたらいいなって…」
 ぼそぼそと口篭もりながら、Ⅸ籠が言葉を付け足した。
「大人ねぇ…」
 鎖は腕組をして考え込んだ。Ⅸ籠は永久少年という特殊な存在。その名の通り子供の姿のまま永遠の寿命を持っている。気にした事が無かったが、大人に成長できないのは何か不都合でもあるのだろうか。
 Ⅸ籠は訓練された大人と比べるのも馬鹿らしくなるくらい身体能力は高いし、クローン隊を束ねるボスという肩書もある。性格に難があるせいで扱いづらいと周りの連中は口を揃えて言うが、それはⅨ籠本人には別問題。特にこれと言って不都合な事が思い付かない。
「ここじゃあ、誰か通るかもしれねぇし、屋上行こうぜ」
 Ⅸ籠の事で何かあっては面倒だと思い、鎖は親指で天井を指す。万が一にⅨ籠を怒らせて手に負えなくなった場合、周りへの被害を避けたかった。通りすがりの隊員を負傷させられても困るし、廊下を破壊されても困る。何より、騒ぎになったせいで刺斬に叱られるのが一番怖い。
 そんな鎖の心配を知る由しもないⅨ籠は、話に乗ってくれた鎖に気を良くしたのか薄い笑顔で頷いた。その様子から、鎖はⅨ籠の機嫌が良さそうだと判断できた。少なくとも暴れるような事は無さそうだった。
 
 日が暮れて間もない時間。屋上に出ると、冷たい外気が顔を撫でた。毒砂を含む風は一般人なら数時間で毒に侵されてしまうが、対毒性の身体で造られた鎖とⅨ籠には何の問題も無い。
 風は弱くて屋上はとても静かなものだったが、毒砂はやや濃くて三日月の光も弱々しい。あちこちに点在している航空障害灯の光も殆ど意味が無い。とはいえ、毒砂が多いこの辺りで高層ビルに突っ込むような文明遅れの航空機はもうとっくの昔にお役御免になっているのだが。
 屋上に照明は無いが、鎖には何の支障もなく辺りが見える。白目の部分が黒い目は、常人には見えない闇夜の世界もはっきりと見える目だった。
 隣で足音を全く立てずに歩くⅨ籠は、やや鋭い目付きで辺りを見回していた。Ⅸ籠は白目に金色の瞳で見た目には普通だが、暗所の方が良く見えるため、暗い場所の方が敏活だった。
 鎖は、特に場所の宛ても無く少し先にあったフェンスに背を預ける。
「普通は何してたって大人に成長しちまうからなあ…」
 遠くを眺めながら溜め息混じりに呟くと、Ⅸ籠が見上げてくるのが気配で分かった。
 失言した。と、鎖は心の中で舌打ちをした。今の言葉は傷つけたか、反感を買うかもしれない。
 そろりとⅨ籠の方を見ると、Ⅸ籠は「そうだな」とだけ応えて、目を閉じた。
 鎖は悩んだ。Ⅸ籠は何をしたいとか何が欲しいとかの、自分自身の要求は殆どしない。何か望めば叶えてやりたいと常々思っていたが、大人になりたいというのは永久少年である以上、物理的に不可能。ここは何とか言い包めて、諦めてもらうしかない。
「そんなに大人になりてぇか? 大人って面倒くせぇぞ」
 鎖はわざと疲れた様子を込めて、Ⅸ籠に言った。
「面倒なの?」
 あまりに演技じみた言い方だったが、Ⅸ籠にはそのまま通ったようで、関心を寄せてきた。
「ヘマしたって、子供なら許されるって事もあるしな」
「…別に、許されたいわけじゃないけど…」
「それに、大人は嘘つきだ」
「そうなの? 鎖も…、嘘つくのか?」
 不安そうに見上げてくるⅨ籠に、鎖は目を合わせられずに逸らした。良心が痛むってこういうのを言うんだろか。人を殺す事、目的の為なら手段を択ばない事、そんな生業が当たり前の自分の中に良識がある事に驚いた。
「そう…だな。刺斬にはバレちまうけど」
「嘘は、バレたら嘘にはならないって聞いたことあるぞ。だから鎖は嘘つきじゃない」
「そりゃあ、嘘ついた側の言い訳だ。あー、でも、勘違いはするなよ。嘘ってのは必ず悪い事ってワケじゃあねぇんだよ。相手のため、自分のために本当の事を言わねぇのもあるしな。お前もそういうの分かるだろ?」
「…オレ、痛くても痛く無いって言うから? これって悪い嘘?」
「いや、それは悪くねぇよ。でも、ホントにヤベぇ時は、ちゃんと言えよ? お前、判断の基準おかしい時あるから…」
 鎖は大きく息をした。話が本筋から外れてくれたが、この話題を引っ張っていける気がしない。刺斬だったら上手い言い返しをしてくれるんだろうなぁと歯痒い気持ちになる。
 しばしの沈黙の後、鎖は再び口を開いた。
「クロウは何で大人になりてぇんだよ」
 口を衝いて出た言葉だったが、これこそ重要な部分なんじゃないだろうか。もっと早く気が付けば良かった。
「それは…」
 と、言いかけてⅨ籠は言葉を切った。
「どした? 何か理由があんだろ?」
 鎖が身を屈めてⅨ籠の顔を覗き込むと、Ⅸ籠は晴れない表情のまま目を伏せた。その様子に鎖は思考を巡らせる。もしかして、子供である事を他の部隊のボスにからかわれたのだろうか。そういえば、前に2つ隣の区画のボスがクローン隊のボスは子供だからと馬鹿にしてたと隊員から聞いた。原因としては十分あり得る。もしそうなら殴り込みに行くんだが。
 鎖は顔をしかめた。それに気づいたⅨ籠は、鎖が機嫌を悪くしたと勘違いしたようで少し目を大きくする。誰もが恐怖するような存在なのに、根はとても怖がりで他人の態度に敏感だった。
「あ、えっと…。兄さ…じゃなくて、赤ヘルが…」
 と、ぼそぼそと小さく言葉を発した。
「ん? 赤ヘルと関係あんのか?」
 全く予想に無かった名が出て来て、鎖は首を傾げた。
「あいつ、オレより…身長2センチくらい、高い…から…」
 …間。
「ぷっ」
 我慢できずに、鎖は噴き出した。
「わ、笑ったな!?」
 Ⅸ籠が、目を見開いて身構えた。
「いや違ぇ! 笑ってねぇ!」
 鎖は手の平で口を押さえてⅨ籠から顔を逸らせた。腹筋が痙攣するのを必死で抑える。心配して損した…とは思わないが、淡々と人殺しするクセにこういう事を気にするあたり、やっぱり子供だなぁと思う。
 半眼で睨むⅨ籠を横目に、数秒ほど耐えてから姿勢を戻す。
「何だよ、お前。身長気にしてたのかよ。大人ってそういうことか」
「悪いか!」
 ぎりと歯を噛むⅨ籠を見て、鎖は慌てて身を固くする。これ以上気に障る事をしてしまったら、血を見る事になりそうだった。
「悪いなんて一言も言ってねぇよ。背ぇ高くなるのはいいんじゃねぇの? お前の手裏剣でかすぎて、投げるの危なっかしく見えるんだよ」
「心配されるような投げ方してるわけじゃない。相手を殺す事しか考えてない」
「わかってるっての」
 鎖は手をぷらぷらと振りながら返事をする。心の中では安堵していた。深刻な悩みでなくて良かった。…いや、本人からしたら深刻なのかもしれないけど。
 不機嫌な顔で睨むⅨ籠を宥めて、鎖は一呼吸する。
「それで、どれくらい高くなりてぇんだよ?」
「3センチくらい…は」
 やや不貞腐れたまま、口を尖らせてⅨ籠が答えた。
「3センチって…。もっと欲はねぇのか」
 思ってたよりも慎ましやかな数字に、鎖は肩を竦める。
「まあ、大人になりたいってのはともかく、背ぇ伸ばすなら出来るんじゃねぇ?」
「本当に?」
「保障は出来ねぇけどな。可能性はあるぜ?」
 にやりと、ちょっと意地悪く笑って見せると、Ⅸ籠は微かに怪訝そうな顔をする。
「カボチャ、キノコ、あとナスとピーマン…」
 野菜の名を並べていくと、Ⅸ籠は警戒した猫のように目を見開いた。
「他にもあったよな? 好き嫌いしないで食えよ」
「それ、関係あるのか!?」
「あるに決まってんだろ。食ったもんで身体はできてんだぞ。お前は好き嫌いが多すぎだ」
「…いや…だって、必要な栄養は薬で摂ってた…し…」
「だから伸びねぇんだっての。俺も刺斬も、殆ど好き嫌いねぇぞ?」
「……」
 二の句が継げずに口を半開きにして固まるⅨ籠。完全に言い負かされたようだった。
 Ⅸ籠もこんな顔するんだなあと、何だかおかしくて鎖は笑いを堪えるために唇を噛んだ。
 
 いつもの夕飯、いつもの食卓。
 刺斬がほかほかのシチューを持ってきた。鎖が刺斬に頼んで作ってもらったものだが、それを目の前に置かれたⅨ籠は敵と対面したかのような顔になる。無理もない。Ⅸ籠の嫌いな物ばかり入っているシチューだった。
「どうぞ、ボス」
 にこやかな笑顔で弾む気分を隠せない様子の刺斬。健康管理にうるさい刺斬にとっては、この上なく気合の入ったシチューだろう。平皿に盛られたシチューは目にも鮮やかな具たちが頭を出していた。さすがにⅨ籠が一番嫌いとしているキノコは目立たないように細かくしてあるようだったが。
「この存在…、オレは一生呪うからなッ」
 スプーンの先でカボチャを潰しつつ、Ⅸ籠が言う。
「お前の一生、永久じゃねぇか…」
 向かいの席に座っている鎖は顔を引きつらせて呟いた。永久少年の成長期ってどうなってんだろうなぁと考えつつ、笑顔の刺斬と険しい顔のⅨ籠を眺めながら鎖はシチューを食べ始める。
 その後なんやかんや言いながらもⅨ籠は残さずに食べたのだから、身長を伸ばそうという意志は固いようだった。
 
 
 
 
 
終わる

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