インデックスに戻る

籠ノ鴉-カゴノトリ-

Ⅸ籠は9番目の成功作クローンだろうと、名前から思いついた妄想。
失敗作の兄たちと、キャッキャウフフしてるクロウちゃんのお話。
性格が歪んでるというか、狂ってるというか気持ち悪い弟なので要注意。


カゴノトリ
籠 ノ 鴉
 
 
1番目は死滅した。
 
 2番目は脈打つ肉塊。
 
  3番目は臓器が無い。
 
   4番目は人の形をしていない。
 
    5番目は呼吸をしていない。
 
     6番目は不慮の事故で死んだ。
 
      7番目は人格が崩壊してる。
 
       8番目は目が覚めない。
 
 
 9番目の【籠】から生まれたクローンは、想像以上に良い出来上がりだった。
 だから、Ⅸ籠-クロウ-と名づけられた。
 オリジナルを超えるのにも、十分な素質を持っていた。
 8番目までは破棄する予定だったが、9番目の願いがあってそれを中止とした。
 廃棄物になるはずだった8番目までは、9番目を逃がさないようにする【籠】となった。
 
 
 
 【籠】が並ぶ、薄暗い部屋。
 大切な兄たちと一緒に居られる時間は、Ⅸ籠にとって幸せの時間だった。
 本当はこの部屋は立ち入り禁止だが、Ⅸ籠は上層部に兄たちの部屋に入る事を願い出た。
 Ⅸ籠の出来の良さに満足している上層部は、それを許してくれた。
 2人の兄はⅨ籠が物心つく前に死んでしまったが、まだ7人の兄がいる。
「兄さん。今日、オレに部下ができたよ」
 Ⅸ籠は、8番目の【籠】の水槽にいる兄に話しかけた。
 8番目の兄は耳がちゃんと付いてるし、目が覚めないだけで意識はあるはず。だから、きっと話を聞いてくれる。そう思って毎日あった事をお話ししている。
「名前は、えっと…鎖とかいったな。あと、さぎ…刺斬だったかな」
 水槽の中で膝を抱えるようにして浮いている8番目の兄は、ゆっくりと呼吸を繰り返すだけ。
「鎖ってやつは態度悪かった。刺斬は自己紹介してくれた」
 一方的な会話。
「あいつらの担当者が言ってたんだけど、あいつらもオレと同じに兄さんがいるんだって。でも【本物】の兄さんが【外】にいるって言ってた。本物ってどういう事かな?」
 言葉は返って来ない。
「【本物】なんて言うとさ、まるで兄さんたちを偽物だとでも言うみたいで、気に入らなかった…」
 それでもいい、聞いてくれていれば。
「兄さんたちだって、本物だよね!」
 Ⅸ籠は声を大きくして、部屋に居る兄たちに声をかけた。
 静寂の部屋は、何も変わらない。生命維持装置の音だけが静かに流れる。
「…ほら、やっぱり本物」
 兄たちの無反応に満足して、Ⅸ籠はくくくと笑った。兄たちはいつも無言で肯定してくれる。なんて優しい兄たちだろう。
「そろそろ、時間だから行くよ。逃げた雑魚を消すだけだから、すぐ戻ってくるね」
 Ⅸ籠は立ち上がって黒いマントを纏うと、部屋を出た。
 
 
 Ⅸ籠が兄たちの部屋に戻ると、7番目の兄が奇声を上げていた。
「兄さん、どうしたの!?」
 狭い【籠】の檻の中で暴れる兄に、Ⅸ籠は慌てて駆け寄った。
 暴れる兄の手足は枷が当たって、うっ血していた。それを見て、Ⅸ籠は青ざめた。
「兄さんやめて! 血が…」
 なだめようと手を伸ばしたら、引っ掻かれた。
「ご、ごめん! オレ、兄さんの気に障る事したかな? ごめんなさい…」
 Ⅸ籠は静かに身を引いた。7番目の兄は怒りっぽいのか、時々喚き散らす。理由は教えてくれないから、きっと自分で悪いところに気付けという事なんだろうなとⅨ籠は思っている。厳しいけれど、本当はいい兄なのだと。
 暫く暴れていた兄は、やがて落ち着いて横になった。ぶつぶつと何か言っているが、よく聞き取れない。
 7番目の兄が落ち着いたのを確認すると、Ⅸ籠は部屋の隅にある棚から消毒液と包帯を持ってきた。
 兄は手首も足首も、枷のせいで皮が剥けて血が出ていた。
 格子の隙間から手を伸ばして、兄の手首と足首に消毒をする。枷が邪魔だったが、なんとか包帯を巻いた。
 また痩せたな、とⅨ籠は思った。7番目の兄は、酷く痩せている。この兄は水槽に入っているわけではないから、他の兄たちと違って食事を摂らないといけない。
 檻の中に置かれた食器に目をやると、今日も食べていないようだった。近頃すっかり食欲が無いから、心配でならない。
「兄さん。オレ、いい子にするから…、お願いだから食べてよ。明日の朝ご飯は、たくさん持ってくるからね」
 そう声をかけて、Ⅸ籠は消毒液と包帯を片付けた。
 
 
 5番目の兄は8番目の兄と見た目は同じ。けれど、呼吸をしていないから体中に循環器が付いている。
 生き物は呼吸をしないと死んでしまう。でもこの兄は生きている。だから、それをとても凄い事だとⅨ籠は思っている。
 自分は、命がけの任務をする事があるから、いつか死んでしまうかもしれないけど、この兄はきっとどんな攻撃を受けても死なないんじゃないかと思う。
「オレも、兄さんみたいに強くならないとね」
 尊敬する兄だ。こんな兄をもって誇らしい。少しでもこの兄に近づきたくて、強くなりたいと思う。
 
 
 2番目の兄の傍で寝るのが好きだった。
 水槽に耳を当てると、生命維持装置の音と一緒に、鼓動の音がする。身体が小さい肉の塊だから、鼓動の音が大きく良く聞こえる。自分よりも少しだけ速く規則正しい脈打つ鼓動を聞いていると、とても安心する。
「兄さんと一緒に寝てるなんて、あいつらに知られたら笑われちゃうかな」
 Ⅸ籠は、鎖と刺斬を思い出した。
「でも、あいつら、兄さんが【外】にいるんだもんね。一緒に寝た事ないんじゃないかな。可哀想だよね」
 少し優越感に浸る。兄たちと一緒に居られることは、とても幸せなことだから。
「ねえ、兄さんもそう思うでしょ?」
 水槽の中の肉塊に向かって声をかけて、無邪気に笑う。
 Ⅸ籠は水槽に寄りかかって、眠りについた。
 
 
 こつ、こつ、と、微かな音で、Ⅸ籠は目を覚ました。この音は4番目の兄が呼んでいる音だった。
 4番目の兄はとても元気で、遊ぶのが大好きだ。
 どこが頭なのかもわからない。腕なのか脚なのかもわからない、太さも長さも違うものが数本生えていて、それを水槽の壁に当てて音を出している。
「兄さん、遊びたいの?」
 兄の前へ駆け寄って、声をかける。
 兄はこつこつと、また水槽を叩いた。それに応えるように、Ⅸ籠も水槽を叩く。
 そうすると、兄は別の場所を叩く、そこに合わせてⅨ籠も叩く。
 何度か兄の叩く所を真似た後、今度はこちらから、別の場所を叩く。そうすると兄は叩いた所をたたき返してくれる。
 4番目の兄はこちらの動きに反応してくれる。それがたまらなく嬉しい。
 暫く続けていると、だんだんと兄の反応は遅くなり、疲れたのか動かなくなった。
「楽しかったね。また遊んでね」
 
 
 3番目の兄は内臓が無い。だからⅨ籠はこの兄を病弱だと思っている。
「兄さん、身体の具合はどう? 少しは良くなったのかな?」
 肋骨から下の腹は、中身が無いから潰れている。
 眼球が無いから、瞼が窪んでいる。
 脳が無いから、頭蓋骨が凹んでいる。
「早く元気になれるといいね」
 水槽の壁に額を付けて、兄の快復を願った。
 
 
 いつものように、7番目の兄の身体を拭いていたら、兄は突然発狂して右手の指を噛まれた。
「っ…、兄さっ…やめて、指は許して。刀が…握れなくなる…!」
 指を食い千切られるのは困る。戦闘に支障が出る事になれば、上がうるさい。
 兄の口から無理矢理指を引き抜くと、3本の指の付け根が青く変色していた。
「ごめん、ごめんなさい…。指はダメだけど、腕ならいいから」
 Ⅸ籠は、指を隠すように握って、腕を差し出すと、兄は腕に噛み付いた。
 食い千切られて、血が滴った。
 腕の痛さよりも、兄を怒らせてしまった事の方が心が痛かった。
 兄は食い千切った腕の肉を飲み込んだようだった。
 それを見て、Ⅸ籠は気が付いた。
「そっか、兄さん、生肉が食べたかったんだね。だからご飯食べてなかったんだ」
 嬉しくて笑った。
「良かった。兄さん、オレの事怒ってなかったんだね。ごめんね、もっと早く気が付けばよかった。お腹空いてるよね? 生肉持って来るから、いっぱい食べてね」
 Ⅸ籠は立ち上がって、走り出した。腕から流れる血も痛みも、どうでもよくなった。
 食料庫の責任者から鮮肉をもらって、Ⅸ籠は足早に部屋へと戻った。
 適当な大きさに肉を切り分けて皿へ置くと、7番目の兄は食べ始めた。
 Ⅸ籠は、檻の前に座り込んで、兄の食事を眺める。
 兄がご飯を食べてくれて、本当に良かった。もっと早く気が付いてあげれば、兄はこんなに痩せる事なかったのにと、自分の不甲斐無さを責めた。
「クロウさん」
 ふいに名を呼ばれて、Ⅸ籠はびくりと身体を揺らした。
 振り返ると、部屋の入り口に、顎先にヒゲを生やした男が立っていた。
「刺斬…」
 Ⅸ籠は目を細めた。慌てて部屋に戻ったから、扉を閉めるのを忘れていたことに気付く。
「さっき廊下を走ってたの見かけたんで。血痕あったし…クロウさんがそんな怪我するなんて思えないから、血痕辿って、様子見に来たんスよ」
「余計な心配だ」
 Ⅸ籠は刺斬から目を逸らした。
「お世辞にも、健全とは言えないお部屋っスね」
「…え?」
 思いも寄らなかった言葉を言われて、Ⅸ籠は刺斬を見上げた。
「俺のボスですから、言いづらいっスけど。…でもクロウさん、この部屋にいるのは精神衛生的によくないですよ」
「何だと! どういう意味だ!!」
 Ⅸ籠は声を張り上げた。
 その声に驚いたのか、7番目の兄が一声、叫び声を上げた。
「あ…。兄さん、ごめんね、うるさくしちゃって。こいつ追い出すから」
「兄さん? …それ、お兄さんスか。まさか、この部屋の全部…」
「出て行け!」
「…歪んでますね。もっと子供らしい部屋にお住まいかと思ってました」
 刺斬が顔をしかめる。
「クロウさん、世の中にはね、死ぬよりも、生かされてる事の方が辛い場合もあるんですよ」
「うるさい!!」
 何を言ってるんだ、この男。意味が分からない。
「罪悪感ですか? 自分だけ、五体満足で生きてるから」
「お前、さっきから何言ってんだ! 兄さんたちに失礼だぞ!」
「この部屋にいたら、いつまでも兄弟に縛られて、【籠】の中から出られないっスよ」
「うるさい! うるさい! お前、何なんだよ!」
 もう我慢の限界だった。
「クロウさ…、おっと」
 瞬時に間合いを詰めて一閃、刀を抜いた。刃先が刺斬の首筋を掠める。
「いい加減にしろ…。刺斬、これ以上は許さない。殺すぞ」
「すんません、ボス。言い過ぎました。お兄様たちへの御無礼を詫びます」
 刺斬は溜息をして、両手を上げて降参の意を表した。
「もう戻りますよっと。腕、お大事に…」
 去り際に刺斬がそう言った。そのときの目が、寒気がするくらい、哀しそうに見えた。
「あいつ、兄さんたちの事、馬鹿にしやがって…」
 Ⅸ籠はぎりりと歯を噛んで、刀を鞘へ納めた。
「ねえ、兄さんたちは生きるのが辛いなんて事ないよね? 死にたいなんて思ってないよね? あいつの言ってる事おかしいよね? ねえ、そうでしょ?」
 いくら声をかけても、兄たちからの返事は無い。聞こえるのは静かに流れる生命維持装置の音。
 無言の肯定。大好きな兄たちは、とても優しい。
「くく…、あはは! そうだよね! あいつ、頭おかしいんだ! あはっ、あははは!」
 Ⅸ籠は笑い声を上げながら、薄暗い部屋を走り回った。
 
 
 
 それから1週間後、Ⅸ籠は【本物】の兄の存在を知らされた。
 一番目の兄の前に存在する【本物】の兄は、弟たちを見捨てて【外】にいると教えてもらった。
 見捨てられたという事が、酷く悲しかった。それと同時に、怒りがこみ上げた。
 見捨てるような兄が【本物】なわけがない。あの部屋にいる兄たちこそが【本物】だ。
 
 絶対に、許せない。
 そう思った。
 
 
 
 
 
つづく

作品一覧に戻る