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あの子

鎖に「グラビティ可愛い」って言わせたかっただけで思いついた話。設定も割と暫定。
ほんのり刺斬×鎖な風味。


「あー、グラビティ可愛い」
 3人掛けの革ソファーに座り、背もたれにぐったりと身体を預けて、鎖はそう言った。
「可愛いんスか…」
 刺斬は少し距離を置いて隣に座り、タバコに火を付けて呟いた。横目で鎖の方を見やると、鎖は赤い髪を垂らすように上を見上げてぼんやりとしている。
 まさか鎖の口から「可愛い」という単語を聞くようになるとは、思いもしなかった。
 鎖の言うグラビティと呼ばれている少年は、可愛いという言葉とは縁遠い、見た目通りの凶暴な子だ。
 上層部が、鎖の闘争心を煽ろうとして、グラビティの存在を明かしたのだが、その思惑は大いに外れた。
 鎖はグラビティに対して、一目惚れに近い状態になった。本人曰く、小動物に対する愛情のような感じらしい。それ以来、口癖のように「グラビティ可愛い」と漏らす。
「1000歩譲っても可愛いだろ」
「あれに譲れる余裕あるすんスか…」
 刺斬は鎖と一緒にモニター越しで見たグラビティの姿を思い出す。偵察に向かわせた下っ端数名を次々と倒していく様は、どう頑張って絞り出しても可愛いという形容詞が出てこない。
 けれど、あの少年は誰が見ても、鎖の幼い頃を彷彿する容姿だった。そう思えば可愛く見えなくも無いかな…と、思う。
「あー、可愛い…グラビティ」
 物思いに耽るように目を細める鎖を横目で見て、刺斬は目を閉じた。
 目が合っただけで殴りかかる事もある鎖を、ここまで骨抜きにするのだから余程重症なんだろうなと思う。恋煩いに似てる。そう思うと少し腹が立つ。…これは嫉妬かな。
「そんなに気になるなら、直接会いに行けばいいんじゃないスか」
「そんな事しちまったら、掻っ攫っちまうよ。【こっち】に連れて帰りたくなる」
「拉致っていいんじゃないスか? あの子、扱いは難しそうっスけど戦闘能力高いみたいだし、主戦力にするには申し分無い」
「赤ヘルぶっ倒して『TOOL』を奪えって教え込むのか? その赤ヘルの仲間なんだよ、あいつは」
「それは初耳っスね。…調べたんスか」
「クロウには黙っとけよ」
「分かってますって」
 刺斬はタバコの煙を吐いて、ぼんやりと空間を見つめた。いくら話を聞いても、あの少年を可愛いと言う鎖を理解できなかった。
 鎖はグラビティのクローンだ。
 オリジナルに対して劣等感や羨望を感じるのならまだしも、可愛いと思うのはどういう事なのかさっぱり分からない。
 文字通り血肉を分けた存在だから、何か惹かれるものでもあるのだろうか。
 自分もクローンだが、オリジナルの事は何ひとつ教えてもらっていない。もし自分のオリジナルを知ったら鎖の気持ちが分かるのかなと、淡い期待をしている。
「赤ヘルの仲間だって事がバレるのは、時間の問題っスよ」
「ンなこたぁ分かってんだよ」
「殺せって命令きたらどうすんスか」
「さぁな」
 鎖は吐き捨てるように答えて、タバコを咥えた。
「鎖さんがあの子欲しいなら、俺が捕まえてきますよ。クロウさんに感づかれる前なら間に合いますし」
「……」
「あのヤンチャっぷりだと簡単には捕まりそうにないスから、多少手荒にしますけど…そこは勘弁して下さいね」
「…いや、いい」
 鎖はひらひらと手を振って、提案を断った。
「あっちで仲良くやってるみたいだしな。引き離すのは気が引ける」
「鎖さんらしく無いセリフっスね」
 刺斬は溜め息をついた。欲しいものは何でも力で捻じ伏せて手に入れていた鎖を、ここまで変えさせるあの少年を変に意識してしまう。やっぱり、これは嫉妬だな。
「小動物でいいなら、何かペットでも飼ったらどうっスか」
「めんどくせぇ」
「世話なら俺がしますって」
 そう言うと、鎖はこちらを横目で見た。睨む目ではない。
 漆黒色の強膜に金色の瞳という特殊な目。他の連中は、この鎖の目を不気味で気持ち悪いというが、そうは思わない。
 闇夜に浮かぶ月のような瞳。稚拙な自分にはどう表現していいか悩むが、率直に言えば美しい。
 オリジナルの少年も同じように強膜が漆黒色だが、瞳は血の色をしているからそっちの方がよっぽど気味が悪い。
「……。めんどくせぇよ」
 間をおいて、鎖がもう一度言った。
「やっぱ、面倒っスよね。ははは」
 思わず苦笑い。鎖が思っている事が分かった。
 クローンは捨て駒みたいなもんだ。しかもオリジナルと違って長くは生きられない。オリジナルを超えようとして、いろいろ弄ったのなら尚更だ。下手したら、ペットより先に死ぬ。そうなったら誰が面倒見るのか。
「おい、火ィ貸せ」
 鎖がそう言って、刺斬の後ろ髪を掴んで引き寄せた。タバコの先を合わせて火を移す。タバコを吸うクセに、面倒だからとライターは持たない鎖は、いつもこうして火を点ける。
 毎度の事ながら、この時の薄く開いた目で見下ろしてくる鎖の表情が、えらく煽情的で腹に重く響く。この事を本人に言ったら、死ぬほどぶん殴られそうだから黙ってる。
 狭い部屋にむせそうなくらい甘い香りが広がる。鎖は見た目に似合わず、甘いタバコを好む。この香りは好きになれそうもない。
 刺斬はしばらくの間じっとしていたが、やっぱり無理だった。鎖に詰め寄ってその両肩に両手を置く。
「すんません。堪え性なくて」
 先に謝っておく。この方法に鎖が弱いのは知っている。殴られなくて済む。
「お前、30分後に招集かかってんだろが」
 何をされるのか察した鎖が、怪訝な顔をして睨んでくる。
「構わないスよ。俺は鎖さんと違って、遅刻の常習犯ですし」
「チッ…。勝手にしろ。ただし、さっきの話はクロウに言うなよ」
「俺の口が堅いのは、鎖さんが一番よく知ってるはずです」
 そう言って、鎖の口からタバコを抜き取って、自分のタバコと一緒に灰皿へ投げ捨てる。
 そっと唇を寄せて舌を入れると、思いっきり舌を噛み付かれた。これも毎度の事。
 でも2回目は素直に受け入れて、舌を絡めてくる。この不思議なパターンにも慣れた。
「俺は、鎖さんの頼みなら何でも聞きますから、遠慮なく言って下さいね」
「…ふん」
 鎖が興味無さそうに鼻を鳴らして、そっぽを向いた。
 その様子を見て、刺斬は笑った。この態度の意味も知ってる。
「好きにしろ」だ。
 
 
 
 
 
終わる

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