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日常

エレチュンとギガデリとグラビティの話。
この内容は過去に書いた小説『TOOL』を元にした設定なのでご注意。


 特殊な波長を感知して、エレチュンは目を開いた。
 人間の感覚器官では感じる事ができないこの特殊な波長は、機器だけに影響する。
 エレチュンはキャンセラーが効かないこの波長がとても苦手だった。
 この波長を発している主を知っている。
 だからこそ、エレチュンは早々にデータ整理を中断して、周辺機器と繋がっているコードを全て身体から抜いた。
 急いで立ち上がり、24階の窓の縁に片足をかけ、背中に飛行用の翼を形成する。ナノマシンの身体にはこれくらい簡単な事だった。
 飛び立とうとしたが、翼が機能せず落ちそうになり、エレチュンは寸での所で、身体を支えた。
 飛べない訳ではない。正確には、飛ばせてもらえなかった。
「よう、どこ行くんだ?」
 飛行機能を奪った、波長の主が来た。
 エレチュンはゆっくりと振り返る。
 赤い帽子の少年。その後ろには色とりどりの目玉型のメカが複数浮いている。
 コード番号【11-173-NG】、名はギガデリ。特殊な波長で機器を操る特殊能力がある実験体で、一緒に『TOOL』から脱出したが、エレチュンにとっては不具合ばかり発生させられる超危険人物だった。
「で? どこ行くんだ?」
 同じ質問をされる。
 どこかへ行きたかった訳ではない。この場から逃げたかった。
 どう返答しようか考えていると、ギガデリはちょいちょいと指をさす。
 指さした先は、エレチュンがいつも座っている位置だった。
「聞きてー事あるから。座れよ」
 エレチュンは無言で頷いて、ギガデリに従った。拒否したら機器を操る波長で無理矢理に座らされる。拒否権なんて無い。
 ギガデリが腕組みをして、見下ろしてくる視線がとても高圧的に見えた。
「ジェノ兄、ここ来なかった?」
「来ていない」
 ギガデリの問いに、エレチュンは即答した。
「じゃ、探せよ。あいつ生意気にも変な妨害電波使いやがんだよ」
「分かった」
 言われるままに、エレチュンは目を閉じて、ジェノサイドを探し始めた。確かに高性能な妨害電波を感じる。
 目的の位置を特定したのと同時に、通信が入った。当事者であるジェノサイドからだった。
-管理者君、そっちにギガ君行ってない?-
-来ている。ジェノサイドを探せと言われた-
-あはは、やっぱり? 管理者君、悪いけど僕の居場所はナイショにしておいて~。ヨロシクね!-
 のん気にに笑いながら、ジェノサイドは通信を切った。
「まだ? お前の性能なら数秒で見つかるだろ?」
「…それは、言えない……」
「あー?」
 ギガデリが目を細めた。
 それを見て、エレチュンは目を逸らした。
 演算処理が遅くなる。生体機能に誤作動を起こしそうになる。これを人間は「恐怖」と言うのだろうか。
 黄色の目玉型メカが、ギガデリに向かって電波を飛ばす。
「分かってるっつの」
 ギガデリは電波を飛ばした目玉型メカを一瞥して、再びこちらに視線を戻した。
「お前、ジェノ兄に口止めされたな?」
「!」
 身体の人間部分の本能的なものが、そうさせたのだろうか。エレチュンは飛び上がるように立ち上がって走り出した。
 しかし、部屋の入り口まで走って、がくりと床に両膝を着いた。壁に手を着いて倒れるのを防いだが、歩行機能もギガデリの支配下に置かれた。
 エレチュンはその場に座り込んで、壁に向かったまま、立ち上がれなくなった。
「まだ話終わってねーじゃん」
 後ろから威圧的な声がする。
「ま、お前、半分くらいは人間だし。これでも手加減してやってんだぜ?」
「手加減…」
 エレチュンは掠れた声で呟いて、ギガデリの方を振り返る。
 完全に主導権を奪っておいて、これを手加減と言うのか。
「口止めされたのは間違いなさそーだな。くそジェノめ」
 ギガデリが舌打ちをする。
 エレチュンに近づいてすぐ近くに胡坐をかくと、目玉型メカを抱えて、その上に頬杖を着く。
「言えよ。ジェノ兄どこにいんの?」
「言うなと、言われた…」
「あ、そ」
 ギガデリが、眉を寄せる。
 黄色い目玉型メカが、また電波を発した。
「だから、分かってるっつの」
 ギガデリが黄色い目玉型メカを軽く手で押し退ける。少しの間考え込んで、口を開いた。
「機械は正直だ。命令は何でも聞く。ウソつかねーしな。でも、今お前が言わねーのは、ジェノ兄に頼まれたからだろ? 命令でもねーし。ジェノ兄は、お前のご主人様じゃねーぞ?」
「話の意味は解る。だが、命令と頼みの違いが解らない」
 ギガデリの話に、エレチュンはこくこくと頷いた。施設に居た時は、命令しかなかった。
「ったく…。じゃ、オレからの命令だ。ジェノ兄の居場所を言え」
「ユーザーが異なるから、命令の変更はできない」
「お前・・・メンドクセーやつだな。頼まれごとされたくらいで、個別ユーザー認識してんじゃねーよ」
 ギガデリは口の端を引きつらせた。苦い表情を浮かべ、がしがしと後ろ頭を掻く。
 ふと、生体反応を感知して、エレチュンは壁越しに地上を見下ろした。この生体反応はグラビティのものだった。
「お、目玉の大将じゃねェか」
 ふわりと、24階の窓の外からグラビティが入って来る。重力操作で地上からここまで跳んで来たらしい。部屋に入るなりギガデリに手を振った。
「ギガ様って呼べよ、黒白目」
 ギガデリも軽く手を上げて挨拶を返す。
「おい、黒白目。こいつにジェノ兄の居場所吐かせろ。お前、仲良しだからできるだろ?」
 ギガデリが、親指でエレチュンを指してグラビティに言うと、グラビティはきょとんとした顔で首を傾げた。
「ジェノサイド? アイツなら、さっき西の林にある空き地で何かやってたぞ」
「そーかよ」
 ニヤリと笑みを浮かべたギガデリは立ち上がって、緑色と橙色の目玉型メカに顎で指示をする。2機の目玉型メカは西に向かって風のように飛び去っていった。
「どしたんだ?」
 グラビティが不思議そうな顔をすると、ギガデリはふんと鼻を鳴らせた。
「くそジェノのヤツ、オレのお気に入りのチョコ食いやがった。激沈させてやる…」
 凶悪な笑顔を浮かべる。その笑顔にエレチュンは目を反らしたが、グラビティはケラケラと笑っていた。
「ところで…。エレチュン、何でそこにいんだ?」
 壁に向かって座り込んでいるエレチュンを見て、グラビティは首を傾げた。定位置に座っていない事を疑問に思ったようだった。
「今、立てないんだ」
 エレチュンの返答に、グラビティが怪訝な顔をする。原因の予想がついたのか、ギガデリへ視線を向ける。
「エレチュンに何したんだよ?」
「逃げようとしたから、動けねーようにしただけ」
「んなっ…! やめろよ、そういうの!」
 グラビティがギガデリを睨む。
 電波を飛ばしていた黄色い目玉型メカが、ピコピコと跳ねた。
 ギガデリは少し困ったような表情を浮かべ、跳ねている目玉型メカを見る。
「え、だって…。怖がらせるなって言うから…オレ、そーしてたんだけど?」
 目玉型メカに言い訳をしてから、グラビティの方へ顔を向け、口を尖らせる。
「逃げようとしたからって、ぶん殴ってねーし。一部の機能停止はさせたけど、強制操作はやってねーじゃん」
 ギガデリの言葉を聞いて、グラビティが顔色を変えた。唸り声を上げて牙を剥き出す。
「エレチュンを物あつかいすんじゃねェ!」
 みしりと、空気が重くなった。
「あぁ!? だから手加減してやってたっつの!」
 ギガデリの暗緑色の瞳が赤色に変わり、特殊な波長が強まった。
「潰してやる!」
「上等じゃん! 激沈させてやんよ!」
 お互いに近寄って睨み合う。
「喧嘩はやめてくれ」
 エレチュンは、2人に向かって声をかけると同時に睨まれた。
「エレチュンは下がってろ!」
「おとなしくしてろ!」
「……」
 2人に怒鳴られ、エレチュンは固まった。
 何故、こうなってしまったのか。ギガデリの目的はジェノサイドの場所の特定だった。これはグラビティの発言で解決したのに。
 グラビティが怒った原因を解決すればいいのかと思い、エレチュンはグラビティを見上げて、注意を引くように手を振った。
「俺はマザーコンピュータとして使われていたから、物扱いされるのは慣れている。だから怒る事は…」
「慣れてるとかの問題じゃねェだろ!」
「……」
 グラビティに怒鳴り返されて、エレチュンは手を上げたまま固まった。
 何がいけなかったのか。グラビティは施設に居た時に、束縛や強要されるような扱いをされていたから、こういう事には敏感なのかもしれないと、ひとり納得して、エレチュンはまた考え込んだ。
 次にどう言えばいいのか、エレチュンが悩んでいる内に、2人はお互いに攻撃を始めた。
 『TOOL』でもトップクラスの実験体同士のぶつかり合いは、手加減をしているとはいえ激しいものだった。
 あっという間に廃ビルの壁にヒビが走り、そこからコンクリート片が零れ落ちる。
 ギガデリの黄緑色の目玉型メカから発するレーザーを、グラビティは野生的な感で察して、圧力をかけて軌道を逸らせる。レーザーで破壊された壁のコンクリート片を重力で操り、ギガデリに向けて飛ばす。
 ギガデリに当たりそうになるコンクリート片を、桃色の目玉型メカが空間に半透明のシールドを形成して弾き返した。
「どうしよう…」
 エレチュンは暴れる2人を止める方法が思いつかなかった。
 この2人は頭に血が上ると、言葉では落ち着かせられない。2人の間に割って入りたかったが、今はギガデリに歩行機能を停止させられているから立ち上がれない。
 無意識に『TOOL』の自己防衛システムが不可視のシールドを展開して、飛んでくるコンクリート片やレーザーからエレチュンを守る。
 天井は上の階ごと消し飛び、壁は全て崩れ落ちて鉄筋だけが残る。その鉄筋もグラビティの重力でバネのように縮んだ。
 エレチュンはいつも使っている周辺器たちが、潰れて壊れたり、はるか地上へ落ちていく様子を見て、また自分の一部のナノマシンから周辺機を作り直さないとと思いながら、ぼんやり見ていた。データのコピーを自分に移しておいて正解だった。
 程なくして、24階は屋上のように開けた空間になった。
 床にも亀裂が入り始めたころ、西の方から電波を感じて、エレチュンはギガデリの方を見た。波形からして、ギガデリの緑色の目玉型メカからのもので間違いない。
「くそジェノ! 逃げやがったな!」
 その電波を感じ取ったギガデリが我に返る。
「お前ら、追うぞ!」
 言うが速いか、ギガデリは水色の目玉型メカの上に飛び乗り、目玉型メカたちを引き連れて西の方へ飛んでいった。
「なんだよ…」
 取り残されたグラビティは、ぼそりと呟く。周りに浮いている瓦礫が元の重力に戻って、ガラガラと床に落ちた。
 エレチュンはギガデリの特殊な波長から解放されて、立ち上がった。身体に損傷箇所は無さそうだった。
 微かに花の香りがする風が、この状況を思い知らせるように吹いた。壁も天井も無くなって、風通しが良くなったと笑って済まされる状況ではない。
「……」
「……」
 エレチュンとグラビティは辺りを見回して、お互いに目を合わせた。
「アーミィ、…怒るよな?」
「その可能性は極めて高い」
「……」
「……」
 その後2人は、アーミィが戻るまで、無言の時間を過ごした。
 
 
 
 
 
終わる

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