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管理者

エレチュンとアーミィのお話。
この内容は過去に書いた小説『TOOL』を元にした設定なのでご注意。


 それは、獣の咆哮に似ていた。
 夜の廃墟の街に響く、叫び声。地響きと轟音。
 仕事から戻ったアーミィは、闇夜に目を凝らし、声の主を探そうとした。
 常人なら暗闇で見えないだろうけど、アーミィには時折、遠くでビルが崩れていくのが見えていた。
 ビルを破壊するほどの力を持った何かがいる。
 こんな時に限って仕事の都合上、通信機を持たずに出かけてしまったものだから、エレチュンと連絡が取れない。
 声の主は確認できなかったが、アーミィはエレチュンとグラビティの安否が気になり、急いで2人のいるビルへ向かった。
 廃屋ビルの24階の一室。いつ誰に襲われるか分からないから、夜になっても明かりは点けない部屋に戻ると、エレチュンは大量の機器が置いてあるいつもの定位置に座らずに、ガラスが割れて無くなった窓から身を乗り出すように外を見ていた。
「アーミィ、お帰り」
 アーミィを感知したエレチュンが振り返る。その落ち着いている様子を見て、アーミィは安堵した。
「あれは何? グラビティはどこ?」
 エレチュンに駆け寄り、すぐに質問をする。
「あれ…が、グラビティだ。今は近づかないほうがいい。重力操作しながら暴れている」
 そう言ってエレチュンは、再び窓の外へ視線を向ける。
 アーミィは身軽な動きで窓の縁に飛び乗り、身を乗り出した。
 死んだ街には明かりひとつ無い。遠くに雷のような閃光が見え、地響きがするのが伝わってくるが、グラビティの姿を見ることは出来なかった。
 アーミィは暗視スコープを取り出して外を見たが、グラビティの重力操作で空間が歪んでいるらしく、やはり姿は見えなかった。
 エレチュンを見ると、エレチュンは神妙な面持ちでじっと一点を見つめている。
 エレチュンの機械の目にはグラビティの姿が見えているのだろう。
「どうして、あんな…」
 アーミィの言葉に、エレチュンは少し言いづらそうに顔を歪めたが、ゆっくりと口を開いた。
「グラビティは、施設に居たときに、依存性のある成分が含まれた食事をさせられていた」
「え…?」
「それを得ることが無くなったせいで、時々発作のような症状がでる。今まではアーミィが出かけていた時に起きていたから、アーミィが知らないのも無理は無い」
 エレチュンはアーミィの赤いヘルメットに手を置いた。
「どうにかしてあげたいが、落ち着くまで待つしかない」
「……」
 エレチュンの辛そうな顔を見て、アーミィは何もいえなくなった。
「グラビティには、この事は言わないであげてくれ。きっと、ショックを受けるだろうから」
「うん」
 アーミィは頷いた。
 せっかく施設から逃げ出して、自由になったのに。
 未だに見えない檻から出られないのかと、アーミィは思った。
 獣に似た叫び声は、怒っているようにも悲しんでいるようにも聞こえる。
 普段から野生動物っぽい所があるグラビティだが、あんな声を聞くは初めてだった。
「…僕は…」
 言いかけて、怖くなった。
 もし、自分もグラビティと同じだとしたら、いつかああなってしまうのだろうか。
「大丈夫。アーミィにはそういう記録は無い」
 アーミィの言葉の意図を汲んだエレチュンは、しっかりとした声で答えた。
「そう…」
 アーミィは嘆息交じりに頷いた。安心はしたが、気分は晴れなかった。
「僕たち、本当に…『TOOL』から逃げられて、自由になれたのかな?」
 アーミィが呟くと、エレチュンはグラビティから視線を外さないまま目を大きく見開いた。
 その様子を見て、アーミィは感づいた。
 エレチュンはアーミィの視線に居心地悪そうに身じろぐ。
「エレチュンは、知ってるんだね」
「それは…っ」
 アーミィの言葉に、エレチュンは何か言いかけて自分の喉を押さえた。
「言えないように、プログラムされているんだ」
「…その…事に、関して…は、…っ」
「無理しなくていいよ」
 苦しそうに声を出すエレチュンを気遣って、アーミィは体温のあまり感じられないエレチュンの背中を撫でてやった。
「…すまない。俺は、『TOOL』に逆らえないから」
「うん、分かってるよ」
 アーミィは頷く。エレチュンは絶対に嘘は言わない。
 『TOOL』の管理者は、誰よりも『TOOL』に支配されている。
 きっと、『TOOL』の施設を再建しろと命令があれば、いくら嫌でも無理やり実行させられてまうんだろうなと思う。そういう身体にされているのだから。
 管理者ですら未だに囚われているのだから、管理されていたモノたちも当然囚われたままなのだろう。
 施設が無くなっても、『TOOL』はエレチュンの中に存在している。
「聞いてもいい?」
 アーミィはエレチュンに顔を寄せる。
「俺に答えられる事なら」
 エレチュンはアーミィを見て、再びグラビティの方へ視線を戻す。
「『TOOL』って、本当は何なの?」
 施設自体を指す名前なのは知っているが、エレチュンの中にあるシステムデータも『TOOL』と呼ばれている。
「強い兵器を造るためのもの。それを実行するためのもの。それらの全てを管理するもの。支配し操るもの」
 淡々とした口調で、エレチュンは答える。教えられたことをそのまま言うだけのようなその答えは、広義で漠然としていた。
 エレチュン自身も、よく解っていないのかもしれない。
「! グラビティ!」
 突然、エレチュンは大声を上げた。
「どうしたの?」
 グラビティの姿が見えないアーミィには、状況が読めない。
「自分に加圧を始めた、あれでは圧死する」
「何してんだ、あの馬鹿!」
 アーミィは反射的に走り出す。その腕を、エレチュンに掴まれた。
「アーミィ危ない。今グラビティに近づいたら、潰される」
「でも…!」
 それでも何とか助けたくて、掴んでいるエレチュンの手を引っ張った。
 冷静で居られない自分と、そんな自分を「らしくない」と冷静に思う自分。どちらにも嫌気が差した。
「エレチュン、グラビティが死んじゃう…!」
 今にも手を振りほどいて走り出しそうなアーミィを傍へ寄せて、エレチュンは眼を閉じた。
 少し迷ったあと、ゆっくりと目を開く。
「『TOOL』起動…」
 人形のような無表情、視点の定まらない視線で虚空を見つめ、囁くような小さな声を出す。同時に何も無い空間にいくつかのモニタの立体映像が現れた。
『TOOL』の管理者として、機械人形としてのエレチュンだった。
 それぞれのモニタ画面には、複雑なグラフや文字が並んでいたが、アーミィには皆目解らない内容だった。
「…強制実行…【7-125-BB】を鎮静…」
 間もなくして、獣に似たグラビティの叫び声が消え、騒がしかった夜の街に静寂が戻った。
 アーミィは言葉を失って、エレチュンを見上げていた。
 立体映像が消えて我に返ったエレチュンは、アーミィの視線に気付いて、眼を伏せる。
「グラビティの心身に負担が掛かるから、やりたくなかったが…」
 少し悲しそうな顔をしたエレチュンを見て、アーミィは心が痛んだ。
 傷付いているのはエレチュンの方だ。
 アーミィやグラビティを含め、『TOOL』の施設にいた殆どの実験体は『TOOL』を良く思っていない。それどころか忌み嫌い、恨んでいる者もいる。
 エレチュン自身も、その事を知っている。
 施設から出た後、アーミィとグラビティは、他の親しい実験体も交えて施設であった事や『TOOL』について、あれこれと文句や愚痴を言い合っていた時がしばしばあった。
 エレチュンは静かに聴いているだけで、話を振っても「解らない」とか「それに関しては答えられない」と『TOOL』の重要な内部情報については一切口にしなかった。
 今思えば、エレチュンは同じ実験体とはいえ『TOOL』なのだから、どんなに傷つけていた事か。
 アーミィはエレチュンの手を握った。
「エレチュンの判断は、正しいよ」
 迷い無くそう言い、エレチュンの手を引いてグラビティの方へ向かう。
 エレチュンは表情の乏しい顔に、ほんのり笑顔を浮かべた。
 
 
 
 崩壊したビルと瓦礫の山は、どれもこれも歪な形をしていて、明らかに異常現象が起きていたことを物語る。
 そんな光景を纏う様に、中央には直径10メートルほどのクレーターが出来上がっていた。
 クレーターの真ん中に倒れているグラビティは、まるで天から落ちてきたかのように見えた。
 静かに近づくと、グラビティは動けないまま、犬に似た唸り声を上げた。
 エレチュンがグラビティを抱き起こすと、力の入らない手でエレチュンの腕に爪を立てる。
「俺に触んな…」
 意識が混濁しているのか、目の前にいるのが誰なのか分かっていないようだった。力が入らないとはいえ、鋭い爪はエレチュンの腕に食い込んで血を滲ませる。
「グラビティ、迎えに来た」
 グラビティの抵抗を全く気にせず、エレチュンはグラビティを背負って立ち上がった。
 足場の悪い帰路を、アーミィはグラビティを背負うエレチュンを気遣いながら先導する。
 グラビティはゆるゆるとした動作で暴れて、エレチュンの頭や肩を噛み付いたり引っかいたりしていた。
 見るに見かねて、グラビティを押さえ付けようとしたが、エレチュンに止められた。無理に押さえ付けると怖がらせてしまうから、と。
「放せ…」
「辛かったね」
「嫌だ…俺に何すんだ…」
「もう、怖い人はないよ」
「俺は物じゃねェ…」
「うん、知っている」
「うぐ…、…グルルル…」
「まだ苦しいだろうけど、我慢してくれ」
 混乱しているグラビティに、エレチュンは優しく言葉を返す。
 グラビティは施設に居るような気になっているらしく、怯えているようだった。グラビティがどういう扱いをされていたのか、管理者であるエレチュンはよく知っている。
 グラビティの抵抗を何一つ厭わずに受け入れているエレチュンは、ささやかな罪滅ぼしをしているようにも見えた。
 
 
 
 暴れていたグラビティは、廃ビルの24階に戻る前には、力尽きて眠っていた。
 アーミィは床に毛布を敷いて、エレチュンはその上にグラビティを寝かせた。
 グラビティの症状は落ち着いたらしく、静かに寝息を立てている。
 エレチュンが、やや乱雑に並んだ機器たちに囲まれるような位置に座り、周辺の機器のコードを自分の後頭部に繋ぐ。
 その慣れたその動作を、アーミィはじっと見ていた。
「アーミィに頼まれているデータの解析は、あと1時間41分で終わる」
「うん…」
 アーミィは、エレチュンの話に空返事をする。
 グラビティの近くの壁に身を預けるように座り込む。
 グラビティを鎮めた、管理者としてのエレチュンを思い出していた。
 この体は、『TOOL』に完全に支配されている。何処へ逃げても、逃げられない事実。
 奇妙な不安感に落ちてしまいそうになるのを紛らわせるために、目の前にあるグラビティの乱雑に伸びた茶色い髪を撫でる。
 常日頃、引っ張る事はあっても、撫でた事は今まで無かった。
「…俺は」
 ふいに、エレチュンが声を出した。
 グラビティの頭を撫でているのを見られたかと思い、アーミィは慌てて手を引っ込めた。
 エレチュンは目を閉じたまま、膝を抱えていている。
「『TOOL』をデリートできない。自己破壊も出来ないようにされている。アーミィが言う自由は、…俺が存在している限り…絶対に不可能だ…」
 淡々とした口調ではあったが、少しずつ声は掠れていった。
 この管理者にされた実験体は、誰かに傷つけられても、誰かを傷つける事は出来ないんだろうなと思った。
 そんな優しさに、『TOOL』の存在はあまりに残酷なものだった。
「僕は、エレチュンの事、嫌いにならないよ」
 アーミィは、一言ずつハッキリと自分の気持ちを言葉にした。
 エレチュンが驚いたように顔を上げて、真紅色の目で見つめてくる。
「エレチュンは、エレチュンだから」
 そう言って、普段は絶対にしない万遍の笑顔を見せると、エレチュンはすぐに顔を伏せて、膝を抱える腕に力を入れた。
 顔を隠して身を縮こませるその仕草は、エレチュンが嬉しいときにするもの。どういう表情をしていいか解らないからという理由で、感情が薄い彼なりに相手を気遣っての行動らしいが、正直意味が分からない。
 時々見せてくれる、薄い笑顔でも十分なのに。
 アーミィは、腹減ったと寝言を言い始めたグラビティの鼻をつまんだり、ほっぺを引っ張ったりしながら、ゆったりと時間が過ぎるのを楽しんでいた。
 
 
 
 
 
終わる

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