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願う事について

エレチュンとホリックのお話。
この内容は過去に書いた小説『TOOL』を元にした設定なのでご注意。


 使われなくなって、忘れ去られた廃屋ビルの24階。
 さして広くも無い一室には、大小さまざまな機器がやや乱雑に並び、それぞれの役割を果たすべく機械音を発している。
 その機器たちに囲まれ、一身にまとめるように無数のコードを頭に繋いだ少年が、膝を抱えて床に座っていた。
 ふと、薄く閉じていた目を開き、部屋に入ってきた者を見上げる。
「やあ、エレチュン。元気かい?」
 入ってきた男は、大げさな身振りで一礼した。
「ホリック。120時間6分前にグラビティとアーミィに、二度と来るなと言われてたはずだが」
「その件について、承諾した覚えは無いよ。ボクに命令できるのは、ボクのマスターだけさ」
 ホリックはゆっくりと歩いて、エレチュンの前まで近づいた。
「キミはボクに対して、二度と来るなとは言わないね」
「ホリックによる大きな損害・支障をきたした事は、今までの経緯を検索しても施設に居た時のハッキング以降は無い」
「あれはマスターの命令だったから、仕方なく…ね?」
「命令での実行だった事を考慮した上で、現時点での危険性は、極めて低いと判断している」
「いい子だね」
 ホリックはしゃがんで、エレチュンに顔を近づける。
 人間に良く似た瞳孔の無い目に、ほんの一瞬だけ光が横切ったのが見えた。
「おや…? 今ボクの事をスキャンしたのかい?」
「あらゆる対象に、自発的に定期スキャンをしている。検知結果によっては、適切な対処をする」
「ボクはウイルスなんて持っていないよ。マスターが毎日検査してくれているのだから」
 ホリックは口を尖らせる。
「あの2人にもスキャンしてるのかい?」
「対象は全てとしている。グラビティとアーミィの場合は、身体に異常が無いか調べている」
「随分と大事にしているのだね」
 ホリックがそう言って間もなく、周囲の機器の機械音が少しだけ静かになった。
「検索、及びデータの集成を完了…」
 エレチュンは小さく呟いて、頭に繋がっているコードをいくつか抜き取る。
「何を調べていたんだい?」
「アーミィに頼まれていた。内容は公言しないよう言われている。だから言えない」
 少し申し訳無さそうな顔をするエレチュンを、ホリックはまじまじと見つめる。作業が終わる前までは、瞬きひとつしなかった顔に生気が戻るのが見て取れた。
 データ処理の量が減ると、エレチュンは少しだけ人間らしくなる。
「今日は、キミの体を弄りに来たワケではないよ」
「その行為に関しても、グラビティとアーミィに禁止とされていたはずだ。今の発言は、今後その行為に及ぶと予測できるが」
「2人にはいつも寸での所で邪魔されるけどね。まあ、キミの演算処理に差し障るような事は絶対にしないさ」
「それなら問題ない」
「それは、邪魔されるという部分での返答かい? それとも演算処理についてかい?」
「質問に対して意味は理解したが、意図が不明」
「隙があるのだか無いのだか・・・」
 ホリックは小さく独り言ちてから立ち上がると、部屋を見回す。
 人間らしい生活感は全く無く、ただ多くの機器が置いてあるだけだった。
「キミはデータよりも、自分を大事にしたほうがいいよ」
「それについては、どうしていいのか解らない」
「人間になりたいというのは、まだ諦めてないのかい?」
「俺は元々人間だった。だから、人間に戻るべきだと思っている」
「では、人間について、話をしてあげようか。キミが人間になるには、正直な所を言えば、とても難しいことだよ」
 ホリックはエレチュンの前に再び身を屈めて、エレチュンと目線を合わせた。
「ボクたちは機械だから睡眠をとらなくていい。それにキミは完璧な永久機関だからエネルギーも食事も必要ない。この世で誰もキミを破壊できない…不滅の存在だから遺伝子を残す必要も無い。人間の三大欲求と言われているものは、全てクリアしているからね」
「スリープモードはできる。胃は退化してしまったが、物を食べる事は可能だ。消化吸収は無理だが、分解はできる。遺伝子・記憶・意識はデータ化してあるからコピーできる」
「そういう意味で言ったのでは無いのだけれど・・・」
 苦笑いを浮かべるホリック。
 そんなホリックに、エレチュンは興味深そうに少しだけ顔を近づけた。
「それ」
「何だい?」
「その笑い方が、俺はできない」
「キミは素直だからね」
「俺は、おかしな事を言ったんだろう?」
「おかしくはないさ。間違っていない答えだったよ」
「……」
 エレチュンは黙って、ホリックから目を逸らした。
「気分を害したかい?」
「解らない」
「キミは感情が希薄過ぎるよ。特に願望や欲に関してはね」
 目を細めて考え込んでいるエレチュンと見て、ホリックは首を傾げた。
「ボクの返答は気に入らなかったのだろう? 人間はそういう時に、不満をぶつけたり怒るものさ」
「・・・こら!」
「プッ…! …失敬。そう来るとは思わなかったよ」
 全く怒った様子の無い顔で叱咤するエレチュンに、ホリックは口元を押さえた。
 笑いを堪えているホリックを見て、エレチュンは目を伏せる。
「ホリックには、人間のような感情がある。でも、俺は…」
「擬似的なものさ。人間の感情に酷似しているだろうけれど、コミュニケーション能力に特化したプログラムだよ。ボクのマスターは天才だから」
 ホリックは得意気に笑顔を見せて、少し考えてから口を開く。
「精神面の話は、まだキミには難しそうだね。では、具体的に予想しやすい話にしようか」
「予想しやすい話?」
「キミは、例え独りで何も無い空間に居ても、永久に稼動できる。ひとつの存在として、完全に完結しているから。これは他の誰もが望んでも不可能な事だよ」
「あらゆる環境下において、不足無く正常に機能し続けられるように造られているのは、知っている」
「でも…キミがただの人間になったとしたら、どうなると思う?」
「人間と同じに暮らせる?」
「そうだろうね。でも、それでいいのかい? 今まで出来ていた事が出来なくなるんだよ?」
 ホリックの言葉に、エレチュンは表情を曇らせた。漠然とした内容で考えがまとまらない様子だった。
「簡単な所を言えば、自力で空は飛べないよ? 人間は好きな時に体を変形させて飛ぶ事は、出来ないからね」
「移動に関しては徒歩、もしくは適正の機器に頼る事になるのは、理解している」
「機器は物理的な操作が必要になるからね? 電波やコードを繋いだりしての直接操作は出来なくなるよ?」
「その点に関しても、理解している」
「腕を切り落としたら、今のキミなら再生できるし痛覚も遮断できる。でも、人間はそうはいかない」
「腕は治せるかどうか分からないが、痛覚は我慢する」
「キミは自分が最重要機密だという事、忘れてないかい? 今でもキミの中の『TOOL』を欲しがる人はいるだろう。全身兵器のキミなら問題ないけれど、生身の人間では襲われたら何の抵抗も出来ないからね?」
「それは…」
「キミの大事な友達だって、襲われる可能性は十分にある。どうする気だい?」
「……」
 何も言い返せなくなって俯くエレチュンを見て、ホリックは肩を竦めた。
「すまないね。キミを困らせたかったワケじゃないさ」
「解っている」
「キミは何かを願うことが滅多に無いから、協力してあげたいけれど、現実的には難しいよ」
「現状維持が最善である事は、理解した。…理解は、した…が…」
「納得できないかい? その気持ちは人間らしいじゃないか」
 ホリックは俯いたままのエレチュンの頭を撫でたが、すぐに手を引いた。
「おっと、危ない。キミに触ると、お友達が怖いんだよね。・・・って、もう遅いか」
 ホリックがくるりと振り返ると、部屋の入り口に少年が2人立っていた。
「テメェ!! 何してんだッ!」
「エレチュンから離れて、変態」
 2人はすぐに駆け寄ってきて、エレチュンとホリックの間に割って入る。
「グラビティ、アーミィ、お帰り」
 エレチュンは、柔らかな表情を見せた。
 その様子を見て安堵した2人は、ホリックに鋭い視線を送る。
「ちょっと放熱装置の髪を触らせてもらっただけさ。正常に機能しているか、調べてあげてたんだよ」
「本当に?」
 アーミィは上目遣いにホリックを睨んだ後、エレチュンの方を向いた。
「髪の調子が悪いの? 体が熱い?」
「特に異常は無い」
「ちょっ…エレくん、そこは話を合わせてくれたまえ」
 ホリックは引きつった笑顔を浮かべる。
「潰されたり、蜂の巣にされるのは困るよ。壊されて困るのは、ボクじゃなくてマスターだけどね」
 グラビティに大きな犬歯を剥き出して睨まれ、アーミィに銃口を向けられて、ホリックは降参と言わんばかりに両手を挙げた。
「ホリックと、大切な話をしていた」
「そう…」
 エレチュンの言葉に、アーミィは頷いた。
 機械同士でないと分からない話もある事を、アーミィは理解している。でも、その目はまだホリックを警戒しているようだった。
「エレチュンに変な事言ったんじゃねェだろな?」
 疑いが晴れないグラビティは、犬に似た唸り声を出す。
「はいはい。ボクは邪魔者だから、帰らせてもらうよ」
 ひらひらと手を振って、ホリックは足早に部屋を出て行った。
 その後ろ姿を3人で見送る。
 ホリックの気配が消えたのを確認すると、アーミィはすぐさまエレチュンに詰め寄った。
「大丈夫? 本当に髪を触られただけ?」
「うん。問題ない」
「よかった…。ホリックの前だから、本当の事が言えないのかと思ったよ」
 今度こそ安心したアーミィは、深く息を吐いた。
 同じく眉を開いたグラビティは、ふんと鼻を鳴らせた。
 気が落ち着いた2人に、エレチュンは静かに口を開く。
「グラビティとアーミィは、俺が守るから。何があっても、絶対に」
 エレチュンの言葉に、グラビティとアーミィはお互いに目を合わせた後、すぐにエレチュンを見た。
「あのヤロー、やっぱ変な事言ったんじゃねェのか!?」
「ありがとう。僕もエレチュンとグラビティを、絶対に守るよ」
 
 
 
 
 
終わる

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