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TOOL 15

 結局、第2地区の場所は解らず、ギガデリックは納得のいかない足取りで戻る事にした。迷子にならずに戻れるのは、いつも傍らに浮かんでいる目玉型メカのお陰だった。
 広い。この施設は広過ぎる。闇雲に進んでも目的の場所に行き着けない。
 そんな苛立ちはあったが、新しい発見もあったりして、少なからず楽しんではいるのだけれど。
 とりあえず、ジェノサイドの部屋に行こうと思う。
「ジェノ兄だ…」
 大きな廊下を右に曲がった所で、広い吹き抜けの向こう側の通路に、3人の研究員に連れられているジェノサイドの姿が見えた。
「じぇーのーにぃー!」
 大声で呼ぶと、ジェノサイドはこちらに気づいて、手を振ってきた。
「ギガくーん! こんな時間に、散歩~?」
「んー。ま、そんな感じ。ジェノ兄こそ、どこ行くんだ?」
 ジェノサイドが他の研究員と出かけるなんて、ギガデリックにとっては初めて見る光景だった。
「僕は、これから、研究のお手伝いだよ」
「えー! 今からジェノ兄んとこ行く気だったんだぜ。遊べねーじゃん」
「ゴメンネ~。ホリックとじゃダメ?」
「ヤだ! アイツ、気持ち悪ィ!」
「あはは…嫌われてるねー」
 ジェノサイドは肩を竦めて、くくっと笑った。
「なぁ、オレも、一緒に見に行っていいだろ?」
「ダ~メ。僕の研究はアブナイから。明日なら部屋にいるから、明日おいでよ~。ね?」
 ジェノサイドが苦笑する。そしてそのまま別れを告げると、研究員たちと行ってしまった。
 つまんねー…と、文句を垂れて、ギガデリックは仕方なく自分の部屋に戻る事にした。
 数日前から、毎日のように部屋から出て歩き回っていたから、ちょっと疲れていたし。戻って寝よう。
 そう思って、軽く伸びをした、…が。
 突然、ギガデリックは、ジェノサイドたちが進んで行った通路の方へ振り向いた。
「オレに、嘘つきやがった…?」
 黄色いゴーグルの奥の目は、嘘をついていたのかどうかなんて、見えなかったけど。
 研究の手伝いだと言った。
 でもその後に、僕の研究だと言っていた。
 その言葉の違いに、ギガデリックは感付いた。
「オレに嘘ついてんだから、ホントのコト教えてもらわねーと。…なぁ?」
 傍らに浮かぶ一抱えの大きさの目玉に、目線を送る。
 目玉型メカは、返答に困ったように、ゆっくりと傾いた。
「よし、追うぞ」
 ギガデリックは目玉メカの上に乗って広い吹き抜けを飛び越えると、ジェノサイドたちの後を追いかけた。
 長い廊下の先で見失いそうになれば慎重に距離を詰め、廊下を曲がれば身を隠してその先の様子を伺う。
 ジェノサイドは、始めの頃はちらりちらりと、後ろを振り返っていた。
 やっぱり、気にしているらしい。
 その様子で、ギガデリックはジェノサイドの嘘を確信した。
 10分くらい尾行していると、やがてジェノサイドは振り向かなくなった。追われていないと思い込んで安心したらしい。こっちとしては、追いやすくなった。
 ジェノサイドと研究員たちが進んで行くのは、人通りの無い廊下だった。普段から、あまり使われていないような、冷たいくらい静かな場所。
 鋼鉄のゲートも何度か通り抜けたが、機械を操れるギガデリックにとって、そのゲートを開くパスワードを知る必要は無かった。機械に命令して、開けさせればいいだけの事。
 それからまたしばらく進んだ。もう、どこの地区を歩いているのか、分からない。どこまで進んでも同じような灰色の壁ばかりで、代わり映えしない風景に、ギガデリックは飽きてきた。
「!」
 廊下を曲がった先の間近に白衣が見えたから、ギガデリックは慌てて身体を退いた。
 尾行に気付いていない事を知って、距離を意識しなくなっていたから、想像以上に距離を詰めてしまっていたらしい。
 どうやら、ここが終点みたいだった。
 狭い部屋。何に使うのか解らない機械が並んでいた。その奥には分厚いガラスで遮られた広い部屋があった。
 ガラスの奥の広い部屋の更に奥に、電柱くらいの太さがある鉄格子があり、その先には想像を絶するようなバケモノが蠢いていた。大きく裂けた口から剥き出す不格好な大牙、5つもある大小の目。枯れ木のように細く枝分れした、2本の大きな腕のような一部。腐りきってドロドロとした下半身。
 その鉄格子の前に、白い検査衣に身を包んだジェノサイドが歩いて現れた。色素の薄い髪と肌に、その白さは反って、目立って見える。身体にはいくつもの計測器のコードが繋がっていた。
 何だろう。と、ギガデリックは顔を顰めた。実験というのは、そこにいる気味悪いバケモノを…実験体を調べることだろう?
 研究員のひとりがガラスの奥の部屋に入り、ジェノサイドの斜後ろに近付いて、そっとジェノサイドの黄色いゴーグルに手をかける。
 ギガデリックは、以前ジェノサイドの部屋に行った時のことを思い出す。
 珍しくジェノサイドが眠っていたものだから、悪戯心にゴーグルを取ろうとした。パァンと手を叩かれて、その一瞬の出来事に硬直していると、ジェノサイドは顔色を変えて謝ってきた。「ゴメンね、ゴメンね」と、ウザったいくらいに謝っていた。
 あの日から、ジェノサイドのゴーグルについては触れないようにしていたのに。よっぽど、顔を見られるのが嫌なんだと思っていたのに。
 それなのに。
 研究員に素直に取らせたジェノサイドに、ギガデリックは複雑な気持ちになった。
 ジェノサイドのゴーグルを取った研究員は、分厚いガラスの端にある小さいドアから、機械の並ぶ狭い部屋に戻り、ガラス越しにジェノサイドの方を見る。
「やれ」
 研究員が低い声で言うと、びくっと身体を震わせて、ジェノサイドはゆっくりと前傾姿勢をとった。ジェノサイドの長めの前髪のせいで目は見えなかった。
 地響きのような低い音とともに、太い鉄格子が上がっていく。
 あっと言う間とは、こういう事を言うのかもしれない。
 ギガデリックは、その光景を理解できずに、ただ見入っていた。
 人間とは思えない速さで、人間では無い何かに飛びかかって・・・砕けるような音と、金属を擦るような不快な叫び声がした。
 巨大なバケモノは、黒い煙を吹き上げながら、見る見るうちに蒸発していった。
 消え去るバケモノを前に、ジェノサイドはふらりと後退すると、大きく肩を上下させて咳をする。
「はぁ…はっ…ゲホッ」
 押さえた口から、血が出ているのが見えた。
 それを見て、ギガデリックは我に返った。
「データを採るにはまだ不足だ。もう一度やれ」
 機械の前で何が作業をしながら、研究員のひとりが言った。
 あんなに苦しそうにして、血まで吐いているというのに、まだやらせる気なのか。
「どうした。早くしろ」
「っ…」
 研究員に言われ、ジェノサイドはふらふらしながら、態勢を立て直す。
 鉄格子の奥に、さっきとは違うバケモノの影が現れた。さっきの大きなバケモノとは違い、人間よりひと回り大きい程度の狼人間に似たバケモノ。
 そのバケモノはジェノサイドを見るなり物凄い勢いで飛びかかってきた。とても生き物とは思えないくらいのスピードで。
 ジェノサイドは、はっと顔を上げ、襲いかかって来た狼人間の頭を片手で掴むように手をかざす。
 バン!…と、狼人間の頭が砕けた。ビクビクと身体を痙攣させて、バケモノが床に倒れる。倒れたバケモノはぶくぶくと泡となって消えた。
「…っぐ、…ゲホッ…ゲホッ!」
 また大きく咳き込んで、血を吐く。さっきよりも大量に。
 ジェノサイドは自分の身体を抱くように身を屈めると、ふらりとその場に倒れた。
「いつ見ても…、化物以上の魔物だな」
「今のは、初めて見る波形のようだ」
「まだ、計測するには不足だ。叩き起こせ」
 研究員たちがブツブツと言う。
 心に何かぶつかるような衝撃に、気が付くとギガデリックは観測室に飛び込んでいた。
 出入り口に一番近かった研究員を思いっきり殴る。
「何だ、お前は!」
 研究員たちが大声を上げる。
「うるせーッ!!」
 ギガデリックは念じて、目玉を怒鳴った研究員に体当たりさせて壁に叩き付けた。
「ギガ君…、ダメだ…!」
 倒れていたジェノサイドが、身体を起して叫んだ。その弱った、か細い様子に、一瞬だけ身体が止まりジェノサイドの方に振り向く。
 しかし、血に塗れた凄惨な姿を見て、ますます抑えきれないモノが込み上げた。
「オラァーッ!」
 まだ倒れていない3人目の研究員を蹴り倒し、仰向けになった所を馬乗りにする。力いっぱい顔を殴りつける。1発、2発…。
「デリック!」
 絞られたような掠れた叫び声。その名前の響きに懐かしさと嫌悪を感じて、ギガデリックはビクリと身体を止めた。
 頼りない足取りで、ジェノサイドが近づいて来て、ふわりと抱き着かれた、とても人とは思えない、冷たい腕に。
「…ギガ君…やめてくれ…」
「ジェノ兄…?」
 ふっと力が抜けて、ギガデリックは研究員から身体を離した。
「ギガ君…落ち着いて…」
 ジェノサイドは、ギガデリックを庇うように研究員の前に出る。研究員たちは、険悪な顔で睨んでいた。
「【11-173-NG】は、【11-176-DB】の実験を見てしまい、恐怖で自我を失いかけた。現在は平常である…」
「…そう報告書に書けと?」
 研究員が呆れたような声を出す。
 ジェノサイドはこくりと小さく頷いた。研究員たちは少しの間、険悪な顔のままだったが、やがて大きく息を吐いた。
「まあいい。今回の事は大目に見てやる」
 無感情にそう言うと、小さなカプセルをジェノサイドに投げ渡した。
「あっ…と」
 ジェノサイドはそれを上手く受けられずに手落とす。
「…落としちゃったんだけど~…装置の下の隙間に・・・」
「ドジな奴」
 研究員は嘲笑って、カプセルをもうひとつ投げた。
 今度はしっかりと受け取ってカプセルを飲み込むと、ジェノサイドは静かに俯いた。
 研究員たちはそれを確認すると、計測装置から印刷された書類を纏めて実験室を出て行った。
 ギガデリックは俯いたままのジェノサイドをじっと見る。一回目に取り損ねたと思われたカプセルを、左手に握っているのを知っていた。
 ジェノサイドは俯いて笑っていた。
 
 
 
 
 
つづく

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