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TOOL 14

 いつもと同じ鋼鉄の椅子の上で。
 エレクトロは、グラビティとの通信を中断して、目を閉じた。
「防御システムに移行」
 静かに機械音だけが響く部屋で、見た目には解らない戦いが始まる。
 閉じた目には長い英数字が映り、物凄い早さで駆け抜けていく。それを瞬時に見極めて、的確な数列を送り返す。
 
“プロテクト強化。ウォール展開・・・侵入者、第2防壁ヲ突破”
 
 目に見えない侵入者。
 ハッカーだった。
 しかも、今までのハッカーとは比べ物にならない程の。
 これまでにも、何度かハッキングがあったが、それらは全てエレクトロの第1防壁の辺りで尽く阻止され、何事も無かったかのように隠滅されていた。
 それなのに。
 今回のハッカーは、データを探りながらも、メインコンピュータをクラッシュさせるのが目的のようだった。
 目に見えない侵入者は、エレクトロの防壁をかいくぐり、第7地区のメインコンピュータにまで入り込んだ。
 破壊される。
 メインコンピュータを破壊されるよりは…。
「侵入者を転送」
 エレクトロは、小さく呟いた。
 
“侵入者ヲ、本体へ転送シマス”
 
 本体へ。
 つまり、自分自身に侵入者を向けさせた。
 各地区のメインコンピュータよりは、それらを統括している自分の防壁の方が格段に強固であるし、多少破壊されても修復が出来る。
 侵入者は特に破壊する目的のものを決めていないらしく、エレクトロの方に転送されても、何ら変化は見せなかった。
 とはいえ、自分への負荷は予想以上だった。
 身体を崩されるような感覚に、僅かに指先が震える。
 部屋の壁が、腐蝕でもしたかのように、所々が崩れ落ちた。
 自分の一部でもある、ナノマシンで構築されたこの施設の、その全体にまでは及んでいないようだったが、被害が広がるのは時間の問題かもしれない。
「各地区のメインコンピュータに、それぞれのナノマシン修復を担当させる。…いつでも実行可能なように、準備を」
 
“各地区ニ、命令ヲ発信シマシタ”
 
 これで、施設の損傷は抑えられる。
ハッカーの勢いは弱まる事なく、エレクトロは瞼を更に固く閉じた。
 
“侵入者、第3防壁ニ到達”
 
 信じられない。第3防壁にまで入り込まれるだなんて。どれほどのスペックと実力を兼ねた存在なのだろうか。
 このまま防御を続けていても、こちらが不利になるだけだ。
「守勢から攻勢に変更」
 こちらの存在を明確に知られてしまう可能性があるし、防御が薄れるため、攻撃体勢に入るのは極力避けたいが、もう、そう言っていられない状態だった。
 
“侵入者ノ撃退開始”
 
 侵入する数列を辿り、本体を探す。
 相手もそれなりの防壁を用意していたが、それを崩す数列をぶつけ、本体へ向かう。
 幾重もの防壁を突破し、本体を発見した。
「ターゲット発見…、破壊する」
 バシンと、大きな音がして、自分の左腕が破裂する。それと同時に、侵入者の本体がクラッシュしたのを確認した。だが、完全に破壊するまでには至らなかった。
 数列は相殺となって、戦いの幕を閉じた。
 エレクトロは左腕の痛みに、身を屈めて耐えた。赤い血と半透明の緑色の液体が流れ、混ざりながら床に広がった。
「ごほっ…」
 手の平に血を吐いて、深呼吸をする。
 声帯も損傷したらしい。声が出ない。
 すぐに痛覚は脳から遮断されて痛みは無くなり、ナノマシンの修復で血と体液の流出も止まった。
 侵入者、『αCLOCK』…。
 クラッシュさせた時に、ハッカーの名と、居場所を逆探知した。
 いつ再び侵入してくるか解らない。このまま、一気に攻撃して再起不能にまでさせた方が安全かもしれない。
 しかしエレクトロは、それを中断し、通常システムに移行させた。
 優先すべきは、施設の管理。それに自分のダメージの事も考えると、100%の勝算にはならない。これ以上は無謀な行為だと判断した。
 自分の身体が破損した事を研究員にネットワークを通じて連絡すると、程なくして数人の研究員が部屋へ入ってきた。
 研究員たちは、各々台車で持ってきた装置を手際良く組み立て、エレクトロにケーブルやコードを繋ぐ。
 組み上がった装置の所為で、狭い部屋は更に狭くなった。
 その装置の中央に立てられたガラスの筒の中に、エレクトロは半ば乱雑に放り込まれて、ガラスの筒の中のは薄緑色の半透明の液体で満たされた。
 ガラスの筒の中に逆さまに入れられてしまって、エレクトロはガラス越しに逆さになった世界を眺める状態になる。
 研究員たちは何か話し合いながら、部屋を出ていった。
 その後、研究員から電子メールが送られてきた。どうやら、代行コンピュータを用意してくれたらしい。演算処理の一部を代行コンピュータに任せて、修復に専念しろという命令だった。
 エレクトロは、いつもと違う風景に見える自分の部屋を眺めて、目を細めた。
 流れた血と体液は後から来た清掃員が綺麗にしていったが、その場所をじっと見つめる。
 初めて、自分の血を見た。
 人間と同じ、赤い色。
 自分は管理者で、『TOOL』の全てを統括している機械道具のはず。
 機械に赤い血は無い。それに、この赤い液体が血であると、自分は検索するよりも先に認識した。
 何故だろう。
 エレクトロは失った左腕を、そっと見遣った。
 コードと鉄骨と肉塊が絡むように、ゆっくりと元の姿を形成しようとしている。
 機械とも生物とも言えない異様な物体。
 自分は、生物では無いはず。
 それなのに、この言い表せない複雑な違和感は何なのだろうか。
 エレクトロは、薄く目を閉じる。廊下を走っているグラビティの姿が、監視カメラからの映像で見えた。
 この施設から逃げるのではなく、ここに向かっているみたいだった。
 ここへ来たいのだろうから、来させるべきなのだと思う。
 研究員に見つかったらきっと、ゲートを封鎖し、グラビティを捕らえるよう命令が来るだろう。そうなってしまったら、グラビティは困るのかもしれない。
 友達とは、命令なんかよりも大事なんだから、と。ジェノサイドに言われた言葉が、映像と共に再生される。
 初めて、命令されてもいないのに、プログラムを実行した。
 研究員と接触させないように、ゲートの開閉して、グラビティをこの部屋まで誘導する。
 来て欲しい…。
 そんな不可思議な要求が、どこからか現われた。
 自分でも、理解不能だった。
 
 
 
 
 
つづく

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