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TOOL 9

「大丈夫か?」
 苦しそうな顔をしたエレクトロに声をかけると、エレクトロは、元の無表情な顔に戻った。
「データは、コピーされていない」
 教えられた言葉を、そのまま言うだけみたいな答えが返ってきた。
 このエレクトロというヤツは、こういうヤツなんだと、グラビティは何となく理解していた。たった一度、ほんの少しだけの会話で、そう感じていた。
「そうじゃねぇよ、オマエだ、オマエ。データとかコピーってのは、どうでもいい」
「俺の身体に、大きな破損は無い…が…」
 そう言ってエレクトロは立ち上がると、身体に繋がっているコードやケーブルを引き摺りながら歩き、四角い鉄の塊の前に座った。指先でスイッチを押して、巨大な鉄の塊に繋がっているコードを抜く。
「その四角い鉄、前に来た時は無かったな」
 記憶力の良いグラビティは、前に来た時には見当たらなかった、その装置に視線を向けた。
「この装置は、ホリックが持って来た」
 淡々とした口調で、エレクトロが答えた。
 ホリックという名は初めて聞く。初めて聞いたが、察しはついた。
 蹴り飛ばしたヤツだ。
「ホリック? ああ、アイツか。思いっきり蹴り飛ばしちまったな」
 そのホリックの方へ目線を移動すると、ホリックは壁からずり落ちて倒れたまま動かずにいる。一応は手加減したから、死んではいないだろうけど。
 グラビティは、後頭部を掻いた。
「だってよ、この部屋に入ったら、オマエとアイツが取っ組み合いしてるじゃねぇか。オマエ、苦しそうな顔してたからよ。悪いヤツだと思って蹴っちまったぜ」
「グラビティのお陰で、助かった」
「そか。良かったな」
 グラビティは、結果が良いなら問題ないなと思い、ニィっと笑った。
 すると、ほんの少しだけ、エレクトロも笑ったように見えた。人形みたいだったから、笑い方なんて知らないんだと思ってたけど、そうでもないらしい。
 興味という感情だと思う。グラビティは、鋼鉄の椅子に座り直したエレクトロにずいっと詰め寄って、顔を近付けた。同じ血色とは少し違う、真紅色の瞳孔の無い目がじっと見返してきた。
「オマエは、何?」
 途方も無い、非常に幅の広い問いかけ。けれど、そう訊く以外の他の言葉が無かった。
「俺は、『TOOL』の管理者。この施設の全てを統括、管理、監視を任されている」
 返ってきた答えは、やはり問いた質問の意図とは少し違ったものだった。
 もともと、期待なんかしてないからいいけど。
「グラビティ」
 ぽつりと、エレクトロが囁いた。顔が近いから、それに合わせて小声にしているのだろうか。
「何だよ」
「グラビティは、第7地区の実験体だ。実験体は許可証が無いと、地区の外へは出られないはずだが」
「え?」
「でも、実験体が脱走したという連絡も受けていない。…俺は、どうしたらいい?」
「は?」
 一瞬、何を言っているのか解らず、グラビティは小さな眉毛をハの字に変えた。
「通常は、監視カメラで実験体が逃げ出したのを確認し、警報を鳴らしてゲートの封鎖をするように命令されている。だが、グラビティが来る前は、ホリックの装置のせいで、その確認が出来なかった。もうひとつの確認として、研究員が実験体が脱走したという連絡をくれる事になっているはずだが、一度きりで、それ以降は捕獲した連絡も、脱走中の連絡も受けていない」
「あー…」
 グラビティは、あさっての方向に目線を向けて、エレクトロから離れた。
 そうだった。このエレクトロというヤツは、自分にとっての脱出の障害になる存在だった。次に研究員に捕われたら、逃げられる保証も無い。下手したら殺されるかもしれない。
 今ここで、殺してしまおうか。
 訳無い事だ。ぐっと力を込めて、頭を潰すだけだ。コイツが反応する前に、無警戒の今に。
 グラビティは、再び、そっとエレクトロに近付いた。
 ゆっくりと、僅かに震えた両手で、エレクトロの頭を掴む。手の平から伝わる、鉄の冷たさとほんのりと温かい髪の温度差が、奇妙な感覚を生んだ。心臓の鼓動が早くなるのが自分でも解る。
 何を躊躇っているんだろう。
「グラビティ、危ない」
 静かに言って、エレクトロは頭を掴んているグラビティの両手に手を置き、そっと手を外した。特に力も入れていないエレクトロの行動に、グラビティの手は素直にエレクトロの頭から離れた。
「ホリックにハッキングされた時に、ヘッドギアがショートして小さな損傷箇所ができた。感電する可能性がある」
 その言葉に、グラビティは、だらりと両手を下ろした。何の疑いも無い。恐怖心が無いのか、それとも警戒心が無いのか。その反応に、目の奥が熱くなった。
「悪ぃ、エレクトロ…」
「何故、グラビティが謝るのか、理解不能だ」
 グラビティは、部屋の中を見回して一呼吸おくと、エレクトロに向き直った。
「エレクトロ、頼みがあるんだ」
「頼み?」
「そうだ。オレは、この施設から出たい。出て、どうするのかは解らねぇが、とにかく出たい」
「それはいけない。実験体は、絶対に外に出すなと命令されている」
「だから、お前も、出るんだよ」
「俺は、ここから出られない」
「何で」
「俺は『TOOL』の管理者だ」
「それは、お前の考えか?」
「解らない。命令だから」
「何で、そこまでして命令に従ってんだよ」
「…解らない。考えようとすると、演算処理が遅れる」
「そんなに、大切な事なのかよ!」
 カッとなって、思わず怒鳴り声になってしまった。
 エレクトロは少しだけ目を大きくして、黙ってしまった。口を開いて、何か言葉を探しているようにも見える。
 マズイ事をしたと、グラビティは大きく息を吐いて、気を沈めた。
「お前よ、何がしたい? 命令ってのは無しで、自分で考えろよ」
「…解らない。…解らない、が…。グラビティと話していると演算処理が遅れるのに、もっと話していたい」
 それが精一杯の答えだったんだろう。僅かに困惑したような顔をしていた。
「グラビティ、怒っているのか?」
 エレクトロは、目の前に居るグラビティをじっと見上げて、小さく言った。
 グラビティは、何だか可笑しくなって、ふっと吹き出した。
「お前、何か、変なヤツだよなぁ…。でも、研究員から見りゃあ、お前みたいなヤツが当り前なのかもしれねぇ」
「俺は、本当に正常なのだろうか」
「え?」
「時々、原因不明の思考回路を支配するデータがある。それはどの地区のメインコンピュータにも無いはずのデータだ。いくらフォーマットし直しても、そのデータだけが消えない」
「お前の言う事は、難しくてよく分からねぇ」
「不鮮明な映像データがある。それはこの施設では無い別の場所のような風景で、白い部屋で俺は誰かに抱きかかえられている。それが誰なのかは分からない。…このデータが、消せない」
「それはデータとかってヤツじゃねぇよ。『思い出』ってヤツだ。大事にしろ。それだけは、何があっても忘れんじゃねぇぞ」
「うん、解った。思い出というフォルダを新規作成して、保存しておく」
 悩みが消えたのが嬉しかったのか、眩しそうに目を細めてエレクトロは笑った。
 グラビティは、その笑顔を向けられているのが、ちょっぴり照れくさくなって目線を逸らせる。
「さっきオレが言ったこと、言い換えるぜ。お前、やっぱり普通だよ。ちょっと変だけどな」
 
 
 それから、間もなくして、部屋に現れたヤツがいた。
「トカゲ君、無事にここに来れたんだねー」
「テメェは…!」
 グラビティは身構えた。赤と灰色の奇妙な服を着た、あの研究員だった。
「名前、教えてなかったっけ? あー、そんな時間無かったっけね~」
 あははと、気の抜けたように笑って、その研究員は、部屋の壁際に倒れている、ホリックとかいうヤツの所へ歩いて行った。
「僕ね、ジェノサイドって呼ばれてるんだ。君の逃走は、僕が黙っておいたん・・・あーーー!!!」
 こちらには振り向かず、倒れたホリックに何か作業しながら…叫んだ。
「酷~い! 故障しすぎてるじゃないか! ホリック~ッ!」
 今にも泣きそうな情けない声を上げて、ジェノサイドは慌て始めた。
「トカゲ君でしょ、こんなにしたの。もうちょっと手加減してあげてよ~。ホリックは自己修復できないし、戦闘装備もしていないんだからねー」
「そんなの知るかよ。…ところで、テメェ、何だって、そんな…。俺が逃げたのを黙ってた?」
 気を張り、じっとジェノサイドの後ろ姿を睨む。
「ここから…出たいんでしょ?」
「え…」
 返ってきたのは意外な言葉だった。
 ジェノサイドは、ホリックを台車に乗せ終わると、こちらに振り向いて、見えている口元に笑顔を浮かべた。
「僕にも立場ってものがあるから、直接な手伝いはできないけどねー」
 クスクスと笑って、首をかしげる。無邪気な仕草ではあったが、グラビティはこの研究員が何かを考えている事を感じた。
「【11-176-DB】…」
「なに~? 僕の事は番号で呼ばないで欲しいな~。ジェノサイドて呼んで」
 ジェノサイドは、エレクトロに呼ばれ、エレクトロの傍へぱたぱたと駆け寄った。
「ホリックは、データの不正コピーをしようとしていた」
「あはは、それは大変だったねー」
「マスターに命令された…と、言っていた」
「…ホリックのお喋り…」
 ボソリと小さな声を出し、ジェノサイドは動かないホリックの方をちらりと見遣った。
「処罰されるに値する行為だ」
「知ってるよ~。だから色々と、手回ししてたんじゃないか」
 エレクトロに言われ、尖らせながらジェノサイドが四角い鉄の塊を指差した。
「何ヶ月もかけて造ったのに…。やっぱり、君には勝てないね~。君を改造した人は、すごく優秀な人だったんだろうねー」
 へらへらと緊張感の全く無い態度でジェノサイドが笑う。
「僕とホリックの事は、ナイショにしててよ。映像データもデリートするんだ。トカゲ君とお話できたんだから、これくらい、許してくれてもいいでしょ~?」
「それは、命令なのか?」
「そうだよ」
「解った。ホリックが来なかったら、俺はグラビティに会えなかったかもしれない…」
「は~い、交渉成立!」
「おいおい…!」
 グラビティは、声を荒げた。ジェノサイドという研究員にではなく、エレクトロに。自分をダシに使われたのは気に入らないが、それ以上に…エレクトロの考えに驚いた。
「そんなに、あっさり命令を聞くのかよ! コイツは、ホリックとかいうヤツを使って悪い事しようとしたんだろ!?」
「はいはい、怒らないで~、トカゲ君」
 エレクトロに詰め寄るグラビティの両肩に、後ろから手を置いて、ジェノサイドが言ってきた。
「絶対命令以外の命令は、上手く言い聞かせれば命令変更できるのが、管理者君の良い所なんだからー」
「触るなよ、気持ち悪ぃ!」
 振り返りながら、ジェノサイドの両手を払い落とす。思ったよりもずっと身長の高い男で、一瞬面喰らうが、グラビティはジェノサイドを睨み上げた。
 この男は、信用できない。
 しかし、ジェノサイドはグラビティの睨みも気にしていない様子で、エレクトロに近寄りその紅い髪を軽く撫でた。
「良かったね、管理者君。友達ができて。きっとトカゲ君は、君を大事に思ってくれてると思うよ」
「友達? グラビティの事か?」
「そう、友達。友達っていうのはね、特別な存在なんだよ~。大事にしなきゃね。困っている時は助け合うものだよ。僕もね、少し前に友達ができたんだ。ちょっと凶暴で恐いけど」
「特別な存在…」
「そうだよ。時には、命令なんかよりも大事なんだから」
 ジェノサイドの言葉に、エレクトロは少し考え込んでいるようだった。
 そして、自分の腕の皮膚を一摘みして引き抜く。血は出ずに、肌の痕はすぐ治った。
「?」
 奇妙な行動に、グラビティが目を凝らしていると、エレクトロはグラビティを見て「来てくれ」と言った。
 言われるままに近寄ってみると、エレクトロは自分の肌のカケラを手の平に乗せて差し出してきた。
「ここには材料が無いから新たに造る事は出来ないが、俺のナノマシンでも十分機能するはずだ」
「え…何だよ、これ…?」
 わずか1センチメートルも無い、小さなエレクトロの肌のカケラを指先でつついてみる。体温は無く、硬い鉄のようだった。
「それを耳の穴の凹みに入れておいてくれ」
「こう…か?」
 小さな物質を耳の凹みに入れてみる。
“聞こえるか?”
「!」
 エレクトロは喋ってもいないのに、耳の凹みに入れた物質から、声が聞こえた。何だか、ちょっとくすぐったい感じがする。
“通信機だ。何か、困った事があったら、言ってくれ。だが、グラビティが言う、この施設から出たいという要望には応えられないが…”
「ありがとよ。十分だ」
 グラビティはニィっと笑った。自分も、エレクトロとはいつでも話をしていたいと思っていた。
「お話は、済んだ?」
 ひょこりと顔を出してくるジェノサイド。
「じゃあ、トカゲ君、7区に帰らないとね。そろそろ戻らないと、僕が作った言い訳も効かなくなるから」
「テメェ、何だって、そんなにオレを気にしてんだよ」
「君だけじゃないよ~。管理者君も、6区の【アーミー】たちも、7区の神様もクリーチャーたちも、11区の少女や、12区の黒い悪魔と戦士も。僕の友達であるギガ君もね。…皆だよ、み~んな」
 まるで、自分に言い聞かせるように、ジェノサイドは言った。
「何を、考えてやがる?」
「ここから出たがっているのは、君だけじゃ無い」
「……」
 グラビティは目を見開いた。黄色いゴーグルで、どんな目をしてこちらを見ているのかは分からないけど、この男は、もしかしたら…本当に、本気でここから出ようと考えているのかもしれない。そして、その方法を、少しながら知っているのかもしれない。
「まだ、時期じゃないんだ。まだ…出られない。…でも、必ず、出られる時が来るから」
 ジェノサイドは独り言のように小さく呟くと、ホリックを乗せた台車を押して、出入り口の近くへ行く。
「トカゲ君、無事に7区に帰してあげるよ~」
 そう言って、指を指したのは、台車の上のホリック。
「ここに乗って、寝たフリをしててね」
「なっ、おい! ちょっと待て!」
 グラビティは顔を引き攣らせる。得体の知れないヤツの上に寝ろというのか。
「だから、僕が実験のために、君を借りてたって事にしてあげるから」
「そうじゃねぇ! そんな、変なヤツに触りたくねぇんだよ!」
「失礼だねー。ホリックは変な奴じゃないってば~!」
「十分、変だろ! ソイツ、生きてるのか死んでるのかも、分からねぇんだぞ! 腕、おかしい方向に曲がってるし、首が真後ろ向いてるし!」
「もー、文句言わないでよ~! 壊したのは君なんだからね。それとも、警報を鳴らして、警備兵に麻酔銃撃ってもらいたいの?」
「やだよ!」
「台車、1台しか持って来て無いし、一度ホリックを運んでから、また来るのも面倒なんだからね~。今日はあちこちの地区に移動してたから、僕、疲れちゃったよ」
「うー」
 グラビティは、犬のうなり声に似た声を出す。
「あは」
 間の抜けた笑い声を出して、ジェノサイドは首を傾げた。
「物凄く不満みたいだねー。でも、ちょっとの間だから、我慢してよ」
「くそ…」
 グラビティは、恐る恐る台車の上のホリックに触ると、べしべしと叩いて確認してみた。まったく動く気配は無い。まるで、物みたいに、冷たかった。死んでいるのだろうかとも思えたが、死の匂いはしていなかった。
「エレクトロ、じゃあな」
 エレクトロの方を向いて、短く言うと、エレクトロは頷いた。
 グラビティは、しぶしぶながら、ホリックの上に乗り、寝そべる。
「これでいいのかよ?」
「うん」
 ジェノサイドはニッコリと笑った。
「管理者君、じゃあね~! あ、映像データの削除、ヨロシクね!」
 そう言って、ジェノサイドはグラビティとホリックの乗った台車を押し、エレクトロの部屋を出た。
 台車の上のホリックの上で、グラビティは妙に硬い感触に嫌な気分になりながら、じっと目を閉じていた。
 
 
 
 
 
つづく

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