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TOOL 7

「っ…」
 鋼鉄の椅子の上で、エレクトロはびくっと身体を揺らした。
 施設中全てに張り巡らされているネットワークのどこからか、異常なエネルギーが逆流してきた。
 エネルギーの逆流が起きる事は稀にある。エネルギーは、自分の動力源として使えるのだが、このエネルギーの量は多過ぎる。危険だ。
 エレクトロは、その場所が7区である事を感知し、一時的なネットワークの切断をした。各地区には、それぞれメインコンピュータがある。少しの間、7区はメインコンピュータだけで動いてもらうしかない。
 他の地区のネットワークを通じて、7区のエネルギー逆流の原因を調査する。どうやら、実験体の暴走らしい。データにあった記録よりも遥かに数値が異常上昇して、それが設置せてある装置の限界値を遥かに上回り、エネルギー体として流れてきたようだった。1時間もすればエネルギー体は分散して、メインコンピュータたちの動力源になる。特に問題は無い。
 気になる事が、ひとつ。
 この部屋へ向かって来ている者がいる。【11-176-DB】が作成した、【145-HT】。
 研究員以外の者がここに来るのは、これで二人目になった。
 しかし、【145-HT】がここに来る事は、予測の範囲外。今までの行動パターンから検証しても、有り得ない。
 ドアの前まで来て「入れてくれ」と言っている。
 入れてくれと、言っているのだから、入れるべきなのだろう。
 エレクトロは鋼鉄の椅子に座ったまま、ドアロックの機械を遠隔操作して、ドアを開けた。
「はじめまして」
 何の迷いも無く堂々と入って来た【145-HT】は、首周りに付けた派手な羽飾りを揺らすように、深く一礼した。
「はじめましてと言っても、キミはボクの事は知っているだろうけれどね」
【145-HT】は、自分よりも先に造られてはいるが、知っている。いつ造られたか、何をしているのかも把握している。全てデータにあるし、監視カメラで見ている。ただ、ひとつ解らないのは。
「【145-HT】は、何を目的として来…」
「ストップ」
【145-HT】は、手の平を向けて言葉を遮った。エレクトロは素直に言葉を止める。
「こうして、直接会うのは初めてだね。ボクをナンバーで呼ぶのはやめてくれないか?番号で呼ばれるのは好きでは無いのでね。ホリックと呼んでくれ」
「ホリック…。以後、【145-HT】をホリックと呼ぶ」
「いい子だね」
 ホリックは口の端を上げて笑った。
「ホリック、データ内の名称もホリックに変更するのか?」
「いいや、それは変更しなくて良い。研究員が後で煩く言いそうだからね。マスターに迷惑がかかる。…ふふ、仕事熱心なのだね、エレクトロは」
 研究員以外の者がここに来ると、エレクトロと呼ぶのは、どうしてなのだろうか。…余計な事に、メモリは使えない。考えては駄目だ。
 ホリックはつかつかと近付き、すぐ側で止まった。
「キミに…正確には、キミの管理するデータに用事があって、来たのだよ。命令なのでね」
 ホリックが、ゴトリと床に何かを置いた。一抱えくらいはある、四角い機械だった。その機械には、全く見覚えが無い。データにも記録されていない機械だった。
 エレクトロは、ホリックを見上げた。
 ホリックは、エレクトロのすぐ後ろにある巨大なコンピュータのひとつに、その四角い機械に接続されているケーブルの数本を繋ぎ始める。
「止めないのかい?」
 途中で手を止めて、ホリックがこちらに顔を向ける。
「命令は、受けていない」
 メンテナンスの時にしか触られていない巨大なコンピュータだが、メンテナンス以外の時には誰にも触らせるなという命令は受けていない。だから、エレクトロは黙ってホリックの行動を見ていた。
「本当に、受けた命令にしか従わないのだね。好都合だよ」
 残りのケーブルを全て繋ぎ終えると、ホリックは、もう一度、今度は少し身体を屈めて、同じ高さの目線で、こちらを見た。サイバーゴーグルを付けているので、目が合っているかは解らないが。
「この、大きなコンピュータたちは、キミのサポートをしている…言わば、キミ専用の周辺機。…合ってるかい?」
「合っている」
「監視カメラの音声と映像の保存、セキュリティ等を任せている。…そうかい?」
「そうだ」
「キミは、ここのコンピュータたちとリンクして、全ての作業を行っている。…間違い無いかね?」
「間違い無い」
「そして、『TOOL』のデータは全て、キミ自身の中にある。…正解だね?」
「正解だ」
 エレクトロは、ホリックの質問に淡々と答えた。その度に、ホリックが笑みを濃くする。
「エレクトロ、侵入者には、そう易々と答えるものでは無いよ」
「ホリックが侵入者の可能性は、限り無く0%だ。研究員のサポートマシンだと、データにはある」
「…そこが、マスターの狙いさ」
 ホリックは、四角い機械を起動させ、屈めていた身体を戻した。
「これの難点は、長時間使用不可な所、かな」
 
“他機カラノ応答ガ切断サレマシタ”
 
「!」
 エレクトロは、無表情ながらも、少しだけ目を見開いた。コンピュータとの接続が切れた。
「まず、監視カメラの映像が見えなくなり、音声が聞こえなくなる。セキュリティが無効化する。そして、ナノマシンの活動が沈静化する。キミがいなければ、ここのコンピュータは全て只の鉄クズだね」
「ホリック…」
「安心したまえ。キミの一番大事な仕事である『TOOL』データの演算処理だけは、今これが代行してくれている」
「……」
 エレクトロは、何か言いたそうに口を開けたが、何を言うべきなのか解らず、声には出来なかった。
「まぁ、こんなケースは初めてだろうから、混乱するのも、無理ないか」
 くくっ…と、人間の様に喉の奥で笑って、ホリックはエレクトロのすぐ正面まで歩き、向き合った。
 このままでは、いけない。いくら演算を代行されているからといっても、セキュリティを無効化されたままでは危険だ。ナノマシンの活動が止められたままでは、施設の破損の修復も出来ない。
 エレクトロは立ち上がろうとしたが、その両肩をホリックの両手で押さえ込まれた。
「まぁ、ゆっくり座っていたまえ」
「切断をやめてくれ」
「今は出来無いな。こちらも命令なのだよ。この機械には演算の量が多過ぎる。長くは持た無い。だから、早急に済ませるさ」
 ホリックは、エレクトロの後頭部に繋がっているコードを一本引き抜いた。
「いけない」
 エレクトロは無感情な声を無表情のまま出して、ホリックが抜いたコードを取り返そうと手を伸ばした。
「悪いね、エレクトロ。少しだけ、データをもらうよ」
 ホリックは抜いたコードの代わりに、自分のコードを差し込んだ。
 エレクトロは、一瞬だけ目を細めた。ホリックのプログラムに浸入される。
 
“プロテクト強化。ウォール展開。一切ノ浸入ヲ遮断”
 
「さすがに速いね…。だが、ボクも引き下がる訳にはいかないのだよ」
 プロテクト解除のパスワードを探られている。同時にウォールの構築を崩す数列をぶつけてくる。
 エレクトロは、ホリックのコードを抜こうとしたが、その腕を掴まれた。
「すぐに終わるよ。キミが温和しくしてくれれば、ね」
「駄目だ。各地区の最高責任者の許可無しに、直接…コピーは出来ない」
「キミが黙っていれば、誰にも解りはしない。だから、許可も必要無い」
 
“左腕ニ痛覚ヲ感知”
 
「…っ! 腕が破損する。手を離してくれ」
「痛いのか?」
 ホリックは、意外だなと小声で付け足した。腕を掴んでいる力を弱める。
「痛覚は、始めだけだ。痛覚神経から信号が流れたら、痛覚回路は遮断する」
「痛みは生物にとって、生きる為の大切な事なのだよ。良かったじゃないか、僅かでも残っていて」
「それは、知っている。だけど、ホリックの言う事は、理解不能だ。その言葉は、俺が生物であることを前提として言うべきだ」
「己の事は、何ひとつ知らないのだね」
「痛覚があるのは、俺が未完成だからだ。研究員は、そう言っている」
「いいや。キミは十分、完成しているさ」
「…ホリック、警告だ。不正行動を停止しないのなら、排除対象とする」
 エレクトロは、右腕を重火器に変形させて、ホリックへ向けた。
 侵入者ではないが、この行為は侵入者と同じ事。それならば、排除するしかない。
「温和しくして欲しいのだがね」
 ホリックは、溜め息を付いた。
「30秒以内に、不正行為を停止しなければ、侵入者と見做し、排除する」
「やれやれ。ナノマシンは苦手なのだが…。仕方無い」
 ホリックは自分の左手の先を銃口に入れた。
「少し…いいや、大分、苦しいかもしれ無いが…。ボクにも、それなりの負担が掛かるからね。お互い様だ」
 ホリックがそう言ったと同時に、身体の機能が著しく低下した。どうやら、ホリックが直接ナノマシンと接触して、機能を停止させようとしているらしい。
 
“循環機能大幅低下。及ビ、呼吸機能低下。継続ニヨル、本体ノ致命的大破ノ恐レ有リ”
 
「うっ…」
 エレクトロは、顔を顰めて短く呻いた。呼吸が止まるのを、何とか抑えたが、この状態が続くのは危険だ。
 ホリックから銃口を外そうとしたが、ホリックは、左手をしっかりと接続しているのか、全く動かせない。
「くっ…、マスター…の、嘘つき…!」
 突然、ホリックがノイズ混じりの声を出した。
「こんなに負担が掛かる…だなんて…。これでは…コピーどころか…検索すら…」
「テメェ! 何してんだーッ!!」
 ドガン!!
 物凄い衝撃音と共に、ホリックの姿が一瞬にして消えた。
 いや、消えたのではない。この位置から3メートルほど離れた左側の壁に張り付いていた。当然、繋がっていたコードも千切れているし、手も銃口から抜けている。
 ホリックがいたはずの場所の、少し右の位置で片足を上げている、見覚えのある姿があった。
「グラビティ…」
 その姿を見て、電子頭脳の中を検索する前に、その名前が音声になった。
「大丈夫か?」
 グラビティが、薄く短い眉毛を寄せる。この表情は、心配というものだろう。
「データは、コピーされていない」
「そうじゃねぇよ、オマエだ、オマエ。データとかコピーってのは、どうでもいい」
「俺の身体に、破損は無い…が…」
 自分に破損は無いが、ホリックが持って来た装置を止めなければ。
 エレクトロは鋼鉄の椅子から立ち上がると、身体に繋がっているコードやケーブルを引き摺りながら歩き、装置の前に座った。電源を落として、巨大なコンピュータに繋がっているコードを抜く。
 施設内の全ての情報が流れ込んでくる。
 第7地区で、実験体が逃げ出したと通報されていた。警報を鳴らさなければいけなかったようだ。
 しかし、時間が経過し過ぎている。その後の報告は特に無い。実験体は回収されたのだろうか。
「その四角い鉄、前に来た時は無かったな」
 グラビティが、すぐ隣で顔を覗かせた。ホリックが持って来た装置を、目を細くして見ている。
「この装置は、ホリックが持って来た」
 当のホリックの方へ目線を移動すると、ホリックは壁からずり落ちて倒れたまま停止している。ここからでは正確に確認できないが、故障した可能性が高い。【11-176-DB】に連絡して、回収してもらうしかない。
「ホリック? ああ、アイツか。思いっきり蹴り飛ばしちまったな」
 グラビティはホリックの方を見て、後頭部を掻いた。
「だってよ、この部屋に入ったら、お前とアイツが取っ組み合いしてるじゃねぇか。お前、苦しそうな顔してたからよ。悪いヤツだと思って蹴っちまったぜ」
「グラビティのお陰で、助かった」
「そか。良かったな」
 グラビティは、異常に発達した犬歯が良く見えるくらいの笑顔をした。
 この表情。
 今まで、どの研究員も見せた事のない、顔。
 それを見て、エレクトロは、微かではあるが、自然と笑顔になった。
 
 
 
 
 
つづく

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