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TOOL 6

「は~ぁ…」
 溜め息が出る。
 不満を十分に含んだその溜め息は、周りの鳴き声やら叫び声に、あっさりと掻き消された。
 狭いケージの鉄格子の外に目を向けて、グラビティはまた溜め息をした。
 逃げ出しても、すぐに捕まる。この繰り返し。
 このままじゃ、だめだ。
 そうは思っていても、解決になる糸口は無く、余計に苛立つ。
 目を閉じ、あれこれと考えてみる。が、だんだんと思考が鈍り始める。
 うつらうつらと心地よくなってきた頃、何やらいつも以上に騒がしい雰囲気になりだした。
 目を開けると、広い部屋の一角に研究員が集まり、今まで見たこともない装置を組み立てていた。
 偶然にも、その装置全体を見ることができる位置のケージに、グラビティはいた。距離はわずか10メートルくらいで、見下ろすような状態。研究員の会話もよく聞こえる。
 格子の間から、じっと様子を伺う。
 仰々しい鉄の塊たちに囲まれ、最後に組み上がったのは、人ひとり入れるくらい大きなガラスの筒。
 間もなくして、そのガラスの筒は薄緑色の透明な水で満たされた。
 それから、研究員たちは、少し何かを話してから、立ち去って行った。声は聞こえていたものの、グラビティには皆目解らない内容の会話だった。
 研究員が立ち去った後、グラビティはいつもの様に鉄格子を潰して、ケージの外ヘと飛び降りた。
 廊下にさえ出なければ、警報は鳴らないはず。
 研究員たちが組み立てた新しい装置に、ゆっくりと近づく。ガラスの筒の周りを見回すと、太さの違うコードで沢山繋がり合い、耳に気にならない程度の機械音を立てていた。
 ガラスの筒の中で、時々小さな泡がぽこりぽこりと昇っていく。その溶液の中に、指先くらいの大きさの塊が漂っていた。
 グラビティは、ガラスにへばり付く様に顔を付けて、その小さな物体に目を凝らした。
 薄い紅色をしたその塊。僅かに透けた身体をしたそれは、小さな脈動をしていた。
「生きてんのか…?」
 グラビティは、ぽつりと呟いた。
 こんな小さな生き物は初めて見た。この部屋のケージに閉じ込められている生き物たちは皆、人並みの大きさをしているものだから。
 胎児という存在を、グラビティは知らなかった。
「なぁ、お前。オレの声が聞こえるかよ?」
 こつこつと爪先でガラスの壁を突いてみる。
 しかし、小さな生命は、何事も無いかのように、静かに漂っているままだった。
 無反応の態度に少しばかり腹が立ったが、大きく伸びをして気分を入れ直す。きっと、コイツは、寝ているんだ。だから、声が聞こえていないんだろう。
 グラビティは、ふらふらと部屋の中を探り始めた。
 ここから出るという事に集中していたため、この部屋の中を見て回った事が無かった。もしかしたら、ここから抜け出す手口になるものがあるかもしれない。出入り口がひとつとは限らないのだから。
 いつもなら、すぐに向かう出入口とは反対の方へ進む。
 高く積み上がったケージの中の生き物たちの視線が、自分に注がれているのを邪魔ったく感じて、グラビティは足を早めた。逃げる気も無いクセに、逃げ出そうとする者には不平をぶつける。そんな連中に構ってる時間なんて無い。
 こうして、この部屋の生き物たちを見ていると、ふと思うことがある。
 何で自分は、人間に似ている姿をしているんだろうか、と。
 このことを考えると、息苦しいような、変な気分になる。
 何でそんな気分になるのかも、分からない。
 もやもやとした感じが嫌になるから、いつも考えるのをやめてしまう。
「っ…!」
 ケージが積み上がってできた壁を曲がろうとして、グラビティは慌てて身体を退いた。
 曲がった先に、人間の姿が見えた。幸いなことに背中向きだったので、気付かれなくてすんだ。
 そっと顔だけを覗かせて見る。嫌でも見慣れた白衣の人間と、赤と黒灰の風変わりな服を着た銀髪の人間が、小さな声ではあるものの、激しい論争をしながら歩いて行く所だった。
「この実験は、やめるべきだよ」
「安定化させるまで、あと少しなんです」
「だから…、取り返しのつかない事になる前に、実験を中止するべきだってばー」
「何を、恐れていらっしゃるのです? 我々のチームは、あれを拘束し制御出来る自信があります。その為の準備も万端です」
「そんな自信すら、遊ばれてる気がするけどねー」
「諄いですよ。だいたい、他の地区の者には、関係ないでしょう。干渉して頂きたく無いのですがね」
 白衣の人間はふんと鼻を鳴らせて、少しだけ表情を変えた。
「…ところで、お伺いしますが。我ら7区の実験体を定期的に11区に回して差し上げてますが。何の実験をなさってるのです? まぁ、必要の無くなった実験体を処分して頂けるのは、有り難いのですがね」
「それは、お口チャックのナイショだよ。もし、知ったら、君の首、飛んじゃうかもよー?」
 銀髪の人間はクスっと笑い、自分の首の前で手を水平に動かして、首を切る真似をして見せた。
「ふざけないで下さい」
 白衣の人間は、わざとらしく大きな溜め息をする。
 2人はそのまま歩き続け、突き当りを左に曲がって行った。
 グラビティは、2人の後を追う事にした。
 会話から察すると、この2人は研究員たちの中でも、上にいる者のはず。この部屋から外に出る、別の出入り口を知っているかもしれない。
 十分に距離を保って、見失わないように、2人を追う。
 このケージ部屋は、こんなにも広かったのかと、グラビティは驚いた。どうやら、自分が入れられていたケージは、出入り口に近い場所だったらしい。
 進むにつれて、ケージの中の生き物たちの数が減っていった。煩い鳴き声や叫び声も少なくなる。
 やがてケージの積み上がってできた壁が、この施設のどこにでもある普通の灰色の壁に変わった。
 その通りの角を曲がった研究員を見失いそうになって、グラビティは足を早めた。
 しかし、その曲がった先に、すでに2人の姿は無かった。
 代わりに、狭い通路の先に出口と思われる扉が見える。今まで逃げ出していた扉と同じ形のものだった。
 グラビティはその扉に駆け寄ろうとして、咄嗟に飛び退いた。
 左側の壁。そこに、扉が開いたままの部屋があった。その部屋に、さっきまで見ていた研究員たちがいる。
「何だよ…あれ」
 エレクトロがいた部屋に似た、とても頑丈な造りの、広めの部屋だった。
 自分が、いつも入れられているケージのある部屋に新しくできたガラスの筒と同じような、もっと大きいガラスの筒が置いてある。高さは4メートルくらいだろうか。それを囲む鉄の塊たちも、もっと増えていて、大きなものばかり。ケーブルやコードも異常な数で、見ているだけで目が回りそうだった。壁や天井に繋がっている太いチューブまである。
 大きな違いと言えば、ガラスの筒の中に薄い緑色の水は無くて、代わりに煙りのみたいなものと放電した電気が動き回っていた。瞬間的に形らしい形になるものの、すぐに溶けるように消えてしまう。
 白衣の人間は片手に書類を持ちながら、その大きなガラスの筒を指差して、銀髪の人間に何かを話していた。銀髪の人間は、う~んと首を傾げながら聞いているみたいだった。
 何だろう。
 さっさと通り過ぎるつもりだったのに。
 何か、感じる。
 大きなガラスの筒の、その不思議な中身に見とれてしまった。
 目覚めた時にはすっかり消えて忘れてしまう夢の断片を、指先で触れたみたいな感じがした。夢を見ていたということは思い出せたのに、どんな夢だったのかが思い出せない。そんな感じだった。
 バチッ!
 大きな感電音がして、ガラスの筒の中の煙りのみたいな雷のようなものの動きが早くなった。そして、煙りが黒に染まって、固まり始める。完全に形になりきれていないが、その姿は折り畳まれた大きな漆黒色の翼に似ていた。
「なっ、数値が高い…、計測しきれない!?」
 白衣の研究員が、大慌てで隣にあるデスクのパソコンに向かい、キーボードを打ち始める。機械音が異常な音を立て始める。
 重なりあって交差している翼が、少しだけ隙間を作り、その隙間に燃えるような真紅の長い髪がゆらりと流れた。
「何だ、この質量は…!」
 すっかり顔色の青くなった白衣の人間は、銀髪の人間に何か指示をして、ガラスの筒の右手前にある装置の操作を手伝わせた。
 真紅の髪がさらりと揺れると、真っ白の陶器みたいな肌が見えた。それと同時に、細く開かれた目が片方だけ見えた。
 その目を見て、グラビティは息が止まった。
 白目の所が黒くて、血色の瞳をしている。
 自分と、同じ目だった。
 その目が、じっとこちらを見ている。
 思わず大声で叫びそうになって、グラビティは自分の口を両手で押さえた。
 恐怖とは違う。でも、心臓を握られたような気分だった。
 ほんの数秒間。
 たったそれだけの時間、グラビティと黒い翼の者は同じ目で見詰め合っていた。
 黒い翼の者は、細い目を閉じると、一瞬にして溶けた。元の、不定形な煙りと不定期な放電に戻る。
「…incarnationrate…7.29%…だと…? たった、これだけで…」
「この特殊強化ガラスでもダメみたいだねー。今ので、ヒビが入っちゃったよ。次はダイヤモンドで造ってみる? あはは、経費、大変そう」
 顔面蒼白の白衣の人間に、銀髪の人間はガラスの筒を撫でながら他人事みたいに、クスクスと笑った。
 グラビティは硬直したまま、口を押さえていた両手を力無く下ろす。
 何なんだ、アイツは。
 今まで自分が見てきた生き物たちよりも、明らかに違いすぎる。心の奥底まで見抜いてしまいそうな眼差しが、記憶に刺さりそうなくらい鮮明に残った。
「今、何を見てたんだろうねー、神様は・・・。あっ」
 銀髪の人間は、黒い翼の者の目線の先、つまり、こちらに振り返った。黄色いアイマスクに似たゴーグルを付けていて、当然こちらからは相手の目は見えてないが、目が合ったということは十分に分かる。
「貴様は!」
 白衣の人間も振り返った。
「やべっ」
 グラビティは全力で走り、奥に見えている廊下へ出る扉に向かった。
 自動ドアが開いた先は、いつもと変わらない廊下の、少し先の場所に出ただけだった。
 これでは、また警報が鳴る。
 いや、さっき2人の研究員に見られたのだから、どちらにしろ、通報されて警報は鳴ってしまう。
 せめて、さっきの2人の研究員に追い付かれないように、グラビティは腕に重力を込めて、扉のすぐ隣に出っ張っている四角い機械を叩き壊した。
 こうすれば、この扉が開かなくなるはず。
 この場しのぎでしかないが、グラビティは走り出した。
 ・・・が。おかしい。
 もうとっくに大音量の警報が鳴り響いてもいいはずなのに、まったく静かだった。
 あの2人の研究員が通報しなかったとしても、もうすでに廊下の監視カメラには見られている。
 それなのに。
「???」
 今日はいつもと違うことばかりで、グラビティは多少ながら、困惑した。困惑しながらも、いつもと違う方向へ逃げてみるものだなと、薄く笑った。
 グラビティは走るのをやめて、ぐっと身構えるように気合いを入れる。
 神経を研ぎ澄まし、エレクトロのいる部屋の方へ慎重に向かい始めた。
 
 
 
 
 
つづく

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