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 ざぁざぁ…と降り続けて、どれくらいの時が過ぎただろう。
 弱まる気配は全く無く、このまま世界中が海にでもなってしまうのではないだろうかと思えた。
「止まない。いつまで降るんだろう」
 廃屋ビルの18階。
 窓ガラスのない窓から身を乗り出して、空を見上げるエレクトロ。
「今日は、ホリックが遊びに来てくれるはずだったのに」
 雨は数日前から降り始めた。
 それからずっと、昼も夜も休まず降り続けている。
「しばらく降るよ」
 アーミィは、愛用の銃の手入れをしながら、エレクトロの背中に声をかけた。
「今夜、仕事?」
 アーミィの声に振り返って、エレクトロは聞く。アーミィは、透けるような白銀の髪を揺らすように、無表情のまま無言で頷いた。
「仕事前には止むといいね」
 エレクトロは静かな口調でそう言うと、また空を眺めた。
「雨は、神様の涙なんだって」
 囁くような柔らかい声でエレクトロが言う。
「俺は、大気中の蒸気が冷えて水滴になって落ちているんだと思っていた」
「そっちが正解」
 ノートパソコンを起動して、データ入力を始めたアーミィはさらりと答えた。
「そうなのか? 神様の涙だと、本には書いてあった」
「神様なんていないよ」
 冷たくも思えるアーミィの返答だったが、エレクトロにとっては真実をくれる大切な言葉。
「いないのか…」
 少し残念に思う。もし会えたら、命をくれてありがとうとお礼を言いたかった。
 こんな身体で、半分以上は作り物でしかないけれど、生きているのはきっと神様のお陰なんだと信じていた。
 目線を地上に落とす。
 死んだ街並が雨を受けて、僅かに息を吹き返しているようにも見える。
 エレクトロはすぐ隣の窓辺で眠っているグラビティを見てから、アーミィの方へ歩み寄った。
「でも、俺は、神様を見た事があるよ」
「え…?」
 アーミィはキーボードを打つ手を止めずに、怪訝そうな顔でエレクトロを見上げた。
「この目で見た訳じゃないけれど」
「夢…?」
「施設にいた頃。グラビティが生まれて3年と7ヶ月経ったくらいの時、グラビティのいた実験室の監視カメラの映像データで」
「見間違いじゃないの」
「そのデータは施設のデータだから、解除キーが無いと読み出せないけれど、俺の脳の方も少しだけ覚えている」
「エレクの脳じゃ、増々信憑性が無い」
 アーミィは呆れたような笑顔を見せた。
「うーん…あれは神様だと思っていたのになぁ…」
 苦笑いを浮かべて、エレクトロは窓辺に戻る。
 相変わらず強くも弱くも無い雨音が響いている。
「じゃあ、エレク。神様がいたとして、その神様はどうして泣くの?」
「悲しいんだ」
「何故?」
「神様には、名前が無いんだ。だって、同じような存在がないし、神様よりも上にいる存在もないから。誰にも名前を付けてもらえない。誰にも呼んでもらえないと、自分の存在が解らなくなる。それが悲しんだ」
 ゆったりと言葉を綴るエレクトロ。
「…でも、神様はいないんだろう?」
「いないよ」
 アーミィの即答に、エレクトロは頷いた。
「いなくても、いると信じていてもいいのか?」
「いいよ」
「解った」
 エレクトロは嬉しそう笑って、灰色の澱んだ空に向かって大きく手を振った。
「神様。アーミィが仕事に行く前には泣くのをやめてくれ。もし会えたら、俺が名前を考えてあげるから」
 神に対して願う祈りの姿勢とはまったく違うその様子に、アーミィはぷっと噴き出す。
「エレクらしい…」
 聞こえないように小さくアーミィは呟いた。
 
 
 
 
 
終わる

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