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双子

「いらっしゃい。…って、君か」
 店に入ると『ROOTS26』の店長であるセムが笑顔で迎えた。
「よ!」
 軽く片手を挙げて、ダルマも笑顔で答える。
「どうしたんだい? 君が来るだなんて、珍しいね」
「あー。ジャンケンで負けたから、セムの兄貴に伝言しに来たんだ」
「伝言?」
「そ。最近、ゲーセン来て無いだろ? 皆、気にしてたぜ? だから『たまには、顔出せ』だってさ」
「ああ、そうだったのか」
 セムが苦笑いを浮かべる。
「最近、忙しくてね。店の事もあるけど、私事が増えたから」
「ふーん。なんか始めたの?」
「まぁね」
 忙しいと言いながらも、楽しみでもあるような笑みを浮かべる。
 セムはこうして店を開いて、更にはカフェのオーナーまで営んでいる。昼夜問わずに働く。
 それもこれも、大切な妹…リリスのため。
 一人っ子のダルマには、兄弟がいないから、どうしてそんなにも頑張れるのか不思議でならない。
「サイレンのヤツがさ、『病気にでもなったんじゃないデスカ? 心配デース』って、言ってたぜ。心配性だよな」
「ほう…」
 笑顔だったセムの顔が、引きつった。
 ダルマは何かまずい事でも言ったのかと思い、口を開けたまま黙り込む。
「あの髭が、ね…」
「ひ…ヒゲ?」
「いや、こっちの事さ」
 セムは咳払いをして、元の笑顔に戻す。
「そうだね、僕もそろそろ皆の顔が見たいな。でも、まだ一段落しそうもないから、もう少し待っててくれ。皆にも、そう伝えてくれるかい?」
「いいぜ」
 ダルマは軽く伸びをすると、店を出た。
 
 さっぱりと晴れた空が眩しい。ここ数日ぶりの晴天の日だった。
 行き着けのゲームセンターへの近道をしようと、公園に入る。
「あ…?」
 素早くすり抜けるようにすれ違った少年に、一瞬だけ気が引かれた。自分と同い年くらい、同じ身長くらいの少年。
 学校の知り合いかもしれなくて、声をかけようと急いで振り返った。しかし、角を曲がってしまったのか、その姿はもう無かった。
 ザワザワと風が公園の木々を騒がせる。不思議な感覚に襲われて、まるで見知らぬ街にいるような気分になった。
 すれ違った少年の記憶を探るが、心当たりのある思い出が見つからない。
 一人だけの公園で、ダルマは振り返る姿勢のまま虚空を見詰めていた。
「誰…だっけ?」
 聞き慣れて聞こえなくなっていた街の騒音が、煩く感じた。
 
 
 
 数日後、ダルマはまた『ROOTS26』に行く用事ができた。
 ツガルの誕生日が二週間後で、服でも買ってあげようと思っていた。自分が誕生日の時に手作りのケーキをくれたから、そのお返し。
 ツガルが、エリカの服が可愛いと言っていたのをダルマは覚えていた。とはいえ、女の子がどんな服を好むのかなんて解らない。エリカ達の服をデザインしたセムなら、何かアドバイスをくれるかもしれないと思った。
 店の前に来たところで、入れ代わるように店から出て来る客がいた。
 公園で見かけた、あの少年だった。
「あ…、おい!」
 用も無いのに、呼び止めようとした。
 何て話しかければいいのかも解らないのに、声をかけずにはいられなかった。
 けれど、少年には聞こえていなかったらしく、走り去って行く。
 ダルマは、慌てて追いかけた。追いかける必要は無いはずなのに。
 気持ちが昂る。期待感のような、胸騒ぎのような…。
 見知ったような知らない少年は、思ったよりも足が速くて、見失わないようにするのがやっとだった。
 自分は決して足の遅い方ではない。学年の中でも、速い方だ。
 それなのに。
 人込みの中を、まるでツバメが飛ぶかのように、すり抜ける少年がいる。
「どんな、運動神経…してんだよ…」
 息も切れ切れに悪態を付く。
 それでも必死に追いかけた。
 
 どれくらい走っただろうか。喉は乾ききって、声を出すと吐きそうだった。
 気が付けば、街外れ。崩れかけた廃屋ビルが並ぶ、忘れられた地区。
 ダルマは、そこで少年を見失ってしまった。
「っ…」
 目的を失って、我に返る。
 コンクリート壁と廃材のジャングルの中、自分だけが独り。辺りを見回しても、生き物の気配すら無い。
 死んだ街が広がっていた。
「え…っと」
 手の甲で顔の汗を拭いながら乱れた息を整えて、改めて辺りを見回す。
 時刻は夕暮れ。
 薄暗くなった空が、廃虚をより不気味に染めていた。
 これ以上、ここにいても仕方ないと判断したダルマは、足早にこの場を去った。
 
 
 
 翌日、ダルマは早々にセムの店に来ていた。
「なぁ、知ってんだろ?」
「何をだい?」
「だからぁ! 俺と同い年くらいの客。昨日、来てただろ?」
「さぁ…。お客さんは沢山来るから…。最近、オーダーも増えたしね」
 いくら問いただしても、セムは知らないの一点張り。隙あれば話題を変えようとしてくる。
 ダルマは大人の嘘が見抜けない子供ではない。稀に見せる抜群の集中力と200を超えるIQで、相手の僅かな仕種の変化で嘘を判別できる。
「ところで、ダルマ」
 何か企むような笑顔に変えるセム。
「何だよ。話を逸ら…」
「うちのリリスに、ちょっかい出して無いだろうね?」
「…ぇ。…だ、出して…ねーよ」
「僕の目を見て言ってごらん?」
「……うっ…」
 ぴくぴくと口の端を引きつらせ、目線をゆっくりと横に逸らせるダルマ。
 出して無いと言えば嘘。リリスだけに限らず、エリカにセリカ、彩葉にも。抱き着いては、ぶん殴られている。もう毎度の事。
 セムは目を細めて、カウンターから少しだけ身を乗り出す。
「おいたが過ぎるようだが?」
「…今は、そんな話…」
 ダルマはカウンターから少し離れると、むっとしてセムを睨んだ。
「いくら隠しても、無駄だからな!」
「しつこいな、君は」
 セムは呆れた態度で一呼吸すると、何の気無しに出入り口に目をやる。
 すると、一瞬にして血相を変えた。
 ダルマがそれを見逃すはずが無い。
 出入り口に振り返ると、例の少年の姿。
「アーミィ!」
 セムが一喝するように声をかけると、その少年は頷いて走り去った。
「待てよ!」
 ダルマは出入り口に駆け寄り、外を見回したが、少年の姿は消えていた。
「ちくしょう! やっぱり知ってたんじゃねーかよ!」
 カウンターに戻ってセムを睨む。
「君の方こそ、あの子をどこで知った? あの子の何なんだ?」
 大人の険しい顔に怯みそうになりつつも、ダルマは気丈な態度を崩さなかった。
「知らねーよ! 何でもねーよ! だけど・・・」
「だけど?」
「…だけど、知ってる…気がする!」
 根拠は無い。ただ、そう思っただけ。
 遠い昔に会ったのか、夢の中で会ったのか、そんな朧げな存在。
 セムは睨み上げているダルマの顔を暫く見て、表情を和らげた。
「…似ているね」
「え…?」
「あの子は君のように怒鳴ったり、色々と感情を変えたりはしないけれど」
「アー…ミィ?」
「そうだよ。あの子の名前だ」
 なだめるような穏やかな声で、セムが答える。
 そしてカウンターの奥に入って、ティーカップ二つとクッキーの乗ったお皿を持って戻って来た。
「正直な所を言うとね、僕もアーミィについては、名前くらいしか知らないんだ」
 慣れた手付きでポットから紅茶を注ぎ、カップをダルマの前に置く。
「知らない関係なら、何で名前怒鳴っただけで、アイツは解ったように逃げたんだよ」
 ダルマは紅茶を啜るが、馴染みの無いオレンジペコの味に、片眉を上げる。
「状況判断が上手いからね。あの子とは、二ヶ月くらい前に会ったんだ」
 カップに口付けるように、セムが紅茶を一口飲む。
 二ヶ月前。ちょうどセムがゲームセンターに顔を出さなくなった時期と重なる。
「裏路地で、怪我をして蹲っていたんだ。出血が酷いから病院に連れて行こうとしたんだけど、どういう訳か嫌がって言う事を聞いてくれなかった」
「病院、嫌いなのかな」
「そうでは無いんだと思う。傷に問題があったんだ」
「傷?」
「…銃創だったんだよ」
「…!」
「弾丸は自分で取り除いたらしかったけど、傷が塞がらなくて」
「それじゃ、ケーサツざたじゃねーか! 拳銃なんか持った危ねーヤツがいるのに、何で通報しなかったんだよ!」
 ダルマは反射的にカウンターを両手で叩いた。
「僕だって、したかったさ…」
 ゆっくりと視線を伏せて、セムは黙る。
「じゃあ、何で!?」
「・・・」
「何でだよ!」
「…近くに死体があった。・・・殺したんだよ。アーミィが…」
 絞り出すような小さな声で、セムが答えた。
「で…でも、正当防衛ってやつ…だろ?」
「そうなんだろうけど、やり方が手慣れているようだった。素人が見ても解る。首の頸動脈を一切りだ。あれは、かなりの経験者の…プロの殺し方だ」
「嘘…」
「本当さ。事情のある子なんだよ。僕達に予想も出来ないような事情の」
「……」
 ダルマは言葉を失って、大きく息を吐く。頭の中で絡まりそうな思考が気持ち悪かった。
「勘違いはして欲しく無い。アーミィは、本当は良い子なんだ。怪我を手当てしたお礼だと言って、時々店の手伝いをしに来てくれる。…あの子には理解者が必要なんだよ」
「理解…」
 短く呟くと、ダルマは立ち上がった。
「俺、アイツに会ってくる!」
「アーミィに?」
 セムは目を見開く。
「会って、いろいろ聞いてくる」
「あの子が何処にいるのかなんて、僕でも解らないよ?」
「きっと、あそこにいる…」
 忘れられた、死んだ街に。
 あそこで見失ったからじゃない。あそこに居るんだと思えた。理由の無い、確信がある。
「変わった味だったけど、紅茶サンキュー!」
 思い立ったら、すぐ実行。
 ダルマは急いで店を出た。
 
 
 
 街外れの荒んだ地区。昨日来た時よりも明るい時間帯のせいか、陰鬱な雰囲気が柔らかい。
「アーミィー! いるんだろー!」
 ビル郡に向かって大声を出す。
 しかし、何の応答も無い。
 ダルマは崩れかけたビルの中に入ってみた。
 外から見ていたのとは違い、中はもっと酷く崩れていた。一部の天井のコンクリートが落ちていたり、鉄骨がむき出しになっている所もある。
 こんな所で独りきりだと、好奇心が段々と恐怖に変わってくる。
 吹き抜ける風が、不快な音を残して去っていった。
 ダルマは何度も呼び掛けた。余計な事を考えないためにも。
 ゴトリ…
 そう離れていない後ろで音がした。
 反射的に振り返ると、突き当たりの廊下を人陰が曲がって行くのが見えた。
「あ、おい!」
 ダルマは急いで後を追う。
 廊下を曲がると、クセのある茶色の髪を大雑把に纏めたロングコートの少年が階段を上がって行く所だった。
「ちょっと、待ってくれよ!」
 声をかけると、ロングコートの少年は、一瞬動きを止めたが、その直後は階段を駆け上がって行った。
「待てって、言ってるだろ! 聞こえてんだろ!」
 慌てて後を追う。
 階段を四階まで上りきり、通路を走る。
「何で逃げんだよ! 男のクセに逃げんな! それでもタマ付いてんのかよ!」
 ぴたり…とロングコートの少年は足を止める。
「この、クソガキが…。言ってくれるじゃねぇか…!」
 こちらに背を向けたまま、唸るような低い声を出した。
 ダルマは十分に距離をおいて足を止める。
 ロングコートの少年は振り返ると同時に、大声で喚いた。
「潰れろっ!」
 その瞬間、空気が降ってくるような感覚に襲われた。
「なっ…?」
 見えない圧力に堪えられなくなって、ダルマはその場で倒れた。
 空気が重い。いや、自分の身体が重いのか。
「…っぐ」
 内臓すらも潰されそうな力に、息が出来なくなる。
「はっ! 脆いヤツ」
 ロングコートの少年は歩み寄ると、しゃがんで顔を近付ける。
 白眼であるはずの部分が黒くて、血色の瞳に猫のような瞳孔をしていた。
「お前、苦しいか? 苦しいよなぁ?」
 たわい無い悪戯を楽しむような顔をして、からかい半分に言う。異様に発達した犬歯が見え隠れした。
 考えられないけど、この少年が見えない力を操作しているのだとダルマは判断した。
 テレビアニメや漫画に登場するような存在に殺されるのかと思うと、現実なのか夢なのか解らなくて頭がおかしくなりそうだった。
 だけど、この痛みも苦しみも、本物以外のなにものでもない。
 このまま意識を手放したら楽になるかな…と柄にもない事を考えてしまった、その時。
「グラビティ、やめてくれ。本当に、死んでしまう」
 奥の廊下から、紅色の髪を生やした少年が走って来た。
「エレク…」
 ロングコートの少年は、ふっと力を抜く。
 すると、重たかった空気は嘘のように消え去った。
「…だって、このガキがよぅ・・・」
うー、と犬の唸り声に似た声を出す。
「ッ…ケホッ…」
 一気に空気を吸い込んで咽せていると、紅色の髪の少年がひょいと身体を持ち上げて立たせてくれた。
「すまない。グラビティは力の加減を知らないから…」
「あ、うん…」
 事態が飲み込めないが、助かった事は理解できた。
 紅色の髪の少年は鋼鉄製のヘッドギアでも付けているような格好で、絡まりそうなくらい沢山のチューブやらケーブルを身体に巻いていた。
「君は、どうしてここに来た? 迷子なのか?」
 首を傾げて、まじまじとダルマを見詰める。
「ここは、危ない。早く帰った方がいい」
「エンドなんかに見つかったら、一口で食わそうだもんな、こんなチビ」
 ロングコートの少年が、わざとらしく笑う。
「グラビティ、よせ」
 紅色の髪の少年は目線で制すると、再びダルマに視線を合わせた。
「危ないから、途中まで送る」
「違う、迷子じゃない」
 帰り道を催促されて、ダルマは踏みとどまった。
「アーミィを…探しに来たんだ」
「!」
 二人の少年が顔を見合わせる。
「アーミィの知り合い?」
 どうやら二人の少年は知っているらしい。
 ダルマは、ほっとして胸を撫で下ろした。
「俺、セムの友達で、その…アーミィと友達になりたくて」
「セム…人間の大人の? そうだったのか」
 事情を話すと、二人の少年は安心した表情で笑った。
 ロングコートの少年も悪い事をしたとダルマに謝った。
 そして、アーミィは今、用事のために出掛けているから暫く待つように言われた。
 グラビティと名乗ったロングコートの少年は、さっきまでの警戒心が綺麗に無くなったらしく、満遍の笑顔で話し掛けてきた。笑うと自分と同い年に見えた。
 一方、エレクトロと名乗った紅色の髪の少年は、大小様々な機械にケーブルを繋いで何かの作業をしている。よく見れば、そのケーブルは身体と繋がっている。本当に、何をしているのだろう。
 荒廃したこの街で、ずっと生きてきたのだろうか。
 壊れたものばかりで、誰に頼る事も無く。ずっと…。
 自分の知っている世界とは全く違う世界が、こんな近くにあるのに、ダルマは理解できずにいた。
「う…」
 楽し気に会話をしていたグラビティが、突然に顔を顰めた。
「どうしたんだよ?」
「悪い。ちょっと、暴れてくる」
 そう言って、ガラスの無い窓から飛び出して行った。
 確か、ここは四階。
 ダルマは慌てて立ち上がろうとした。が、
「大丈夫」
 と、エレクトロが言ってきた。
「グラビティに、高さは関係ない。落ちてはいない、下りたんだ」
「何? 下りた…?」
「ものが落ちるのは、重力の影響による。ものに重さがあるのも重力の力。地球の自転による遠心力と、質量の積に比例し距離の二乗に反比例する万有引力が合わさったもの。グラビティはその力を操作できる特異能力がある」
「えー…っと、どう言う事…?」
 言われている事を理解できるだけの頭脳はあるが、それがどうして可能なのか解らず、ダルマは眉を寄せた。
「自分の身体を羽根のように軽くして、着地できるという事になる」
「それは解ってるけど、何でできんだよ!?」
 ダルマはエレクトロに詰め寄った。
 エレクトロは少し驚いた顔をして目をぱちぱちする。
「それは、解らない。だけど、超能力の部類に属すると推測される」
「超能力ぅ? SFみてーだな」
「確実に重力をコントロールできれば、熱核反応より強力な重力を起こしてブラックホールを発生させられる。きっと、ゴミ問題も無くなると思う」
「え…ああ、そう?」
 ゴミ問題の話が出て、ダルマは苦笑した。いきなりリアルな話に持って行かれてもピンと来ない。
 こういう風に話が突然ズレると、銀髪ポニーテールの猫好き兄ちゃんを思い出す。
「でさ、何しに行ったの? グラビティ」
「時々、力が暴走するらしい。昔はもっと突発的で、目の前で暴れられて大変だった。危険だから、追わない方がいい」
「ふーん」
 何だか解らないが、ダルマは頷いた。
 重力がどうこう言っていたのを思い出して、空気が重たくなったような怪現象と繋がった。あれは重力の力だったのか。
 自分は貴重な体験をしたのかもしれない。…死ぬかと思ったけど。
「帰って来た」
 膝上のノートパソコンのディスプレイを見ていたエレクトロが、ふいに顔を上げてダルマに微笑む。
 程なくして軽い足音が近付いて来た。
 現れたのは、紛れも無いあの少年。
 前に会ったのと違うのは、赤い大きなヘルメットを被っているのと、薄緑色のマントで身体を覆っている事くらい。
「お帰り」
 エレクトロが言うと、アーミィは頷いてMOディスクを投げ渡した。
「解析? いつまでに?」
「明後日…」
 小さく呟くと、アーミィはダルマの前に来て、座っているダルマを見下ろした。
「アーミィに会いに来た、お客さんだ」
 タイミングを見計らうようにエレクトロが答える。
「俺、ダルマってんだ。セムの友達で、その…どうしても会いたくて」
 ダルマは立ち上がった。
 アーミィは無表情の中に僅かに笑顔を見せて、ダルマの手を引っ張った。
「え…何?」
「二人きりで話がしたいから、ついて来いだって」
 専属の通訳であるかのように、再びエレクトロが言った。
「おう!」
 ダルマはニッと笑って、アーミィに手を引かれるまま、ついて行った。
 
 
 
 アーミィが手を引いて連れて行ったのは、ビルの屋上。
 眩しいくらいの蒼い空が、いつもよりも綺麗に見えた。
 見慣れた街が、遠くに見える。反対の方向には崩れた街。
 騒音と静寂の狭間に自分はいる。
 倒れた石柱に並んで腰掛けると、アーミィは赤いヘルメットを取ると白銀色の髪を風に任せて揺らした。
 ダルマも緑色のフードを外して、栗色の髪を広げた。
 顔を合わせると、アーミィは驚くほど自分に似ていた。
 配色が違うだけの、鏡のように。
 ふっと心に湧くものがあった。
 もしかして。でも、そんなはずは無い…と。
「あの、さ…」
 遠慮がちに声をかける。
 でも、次の言葉が思い付かなくて、そのまま言葉を失った。
 アーミィがゆっくりと目を閉じて、口を開く。
「もう、気付いてるんだろ?」
 その一言に、ダルマは目を伏せて「ああ」とだけ答えた。
 本当は気付いていた。あの公園ですれ違った時から。
 ただ、その真実に迷っていただけ。
 言いたい事が沢山あるのに、その言葉を見つけられなくて。
 聞きたい事が沢山あるのに、その言葉を待つしか出来なくて。
 こうして会えたのに、割り切れない自分がいる。
「僕は、気付いて欲しくはなかったよ」
「え、何でだよ?」
「だって、僕が兄弟だって解ったら、『家に帰ろう』って言うんだろ?」
「当たり前じゃねーか。帰りたくないのかよ?」
「帰らないよ」
 思ったより冷たく言われて、ダルマは少しばかり、むっとした。
「兄弟が一緒にいちゃ、ダメなのか? そんなことねーだろ?」
「・・・今更…普通の暮らしなんて、出来ない」
「……」
 冷たいくらい冷静な言葉に、ダルマはそれ以上言い返せなくて黙った。
 『普通の暮らし』という言葉に、セムから聞いたあの話を思い出す。
 今までに、どんな所で、どれくらいの人を殺したのだろう…という考えが頭に浮かんだ。
 感慨は無い。ただ、少しだけ心に痛むものがあった。
「お前がさ、今までどんな生活をしていたのかなんて、どうでもいいよ」
 ダルマは遠くを見詰めながら呟く。
「ただ、さ。兄弟がいたことが嬉しいんだ」
「そう…だね。…会えるとは思わなかった…」
 アーミィはゆっくり頷いた。
 空が赤く染まり始めるまで、二人は一言ひとこと、短い会話を繰り返した。
 お互いの生活環境や生立ちの話題には触れないような会話だった。
 今は、それでいいと思えた。
「また、会えるよな?」
 帰り際に、ダルマは途中まで送ってくれたアーミィに言う。
 アーミィは何も言わなかったけれど、微かに笑顔で見送ってくれた。
 
 
 
 あの日から数日が過ぎて、偶然にもツガルとのデートコースで街外れの地区を通りかかった。
 双児の兄弟が住む地区に。
「どうしたの? ダルマくん」
 ダルマに買って貰った服を着て、上機嫌のツガルが顔を覗き込んできた。
「ん…ああ、何でもねーよ」
 ダルマは笑い返す。
 あれから、何かと用事ができてしまって、ここに来れなかった。
 だから、明日こそは。
 そう思っていた。
 だけど・・・。
「あ! ここ、テーマパークになるのね」
 忘れられたはずの街は、完全に封鎖され、大きなテーマパークの工事が始まっていた。
 轟音と共に砕かれていくビル。
 信じられなくて、目を見開いた。だって、ここには住人がいるのに。
「もう…会えねーなんて事、ないよな…?」
 無意識に出た言葉。
「え? なぁに?」
 ツガルが首を傾げる。
「へへっ、ヒミツ!」
 ダルマは舌を出して、ツガルの鼻先を指先でつついた。
「あっ! 何よ、もう!」
 ぷうとほっぺを膨らませるツガル。
「わりぃわりぃ。映画観に行こうぜ。ツガルが見たがってた映画、この先の映画館でやってんだ」
「本当? 早く行こ!」
 ツガルはくるりと回って小走りに先へ進み、「早くー!」と手を挙げた。
 ダルマはほんの一瞬だけアーミィの気配を感じたような気がして振り返った。
 けれど…。
 目に入ったのは、崩れかけたビルを取り壊している風景だけだった。
 
 
 
 
 
終わる

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