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  • 日常のこととか、創作や二次創作の絵や妄想を好き勝手に綴っていく日記。
    ゲームや嗜好品の感想も。

  • 「いってらっしゃい」

    エレクトロとグラビティのお話。


     それは“行って、戻っていらっしゃい”を意味し、無事に帰るよう祈りを込めた言葉。
     
     
     
     息遣いのような小さな機械音だけが流れる部屋。そこにいつの日からか、明るく弾む声が響くようになり、冷たい機械音は耳に入らなくなっていた。
    「でさ、そんとき気持ちがぐぐーってなって、こう…ドーンってやっつけたんだぜ!」
     グラビティが得意気な笑顔で、拳を振り上げる。
    「それはすごいな。グラビティは強いんだね」
     エレクトロはグラビティの話に惹きつけられて、うんうんと頷いた。
     薄ら寒いこの部屋は、エレクトロが体の充電のために篭る部屋だった。何日かに一度、この部屋で数時間の時を過ごすことを余儀なくなさている。
     
     ラボの三分の一が壊滅した時、どうしていいか分からなかったエレクトロに声をかけ助けてくれたのは、ラボの戦闘員のボルテージだった。
     大勢の被検体が逃げ出すチャンスとなったラボの壊滅は、一部の被検体にとっては生きられない環境に陥る原因にもなった。そのひとりがエレクトロだった。
     エレクトロは機械と融合し半機械化できる能力を付加されていた。それは同時に、機械に生体機能の一部を依存させるものでもあった。内臓などの一部器官は完全に機械任せになっている。そのため、ラボから逃げ出せたものの、電力供給を絶たれた体は数日も持たなかった。昏睡状態になってしまったエレクトロに、ボルテージは定住の地を探し、充電できる環境を備えてくれた。
     以来、エレクトロは問題なく生活を送れるようになり、ボルテージに師事している。けれど充電している時の姿は見目に良いものではなく、長短太細な管に繋がれた姿は傍から見れば不気味に映っていることを自覚していた。
     だから、充電中の姿は他の子どもたちに見られたくないと思っていた。それなのに。
    「ひとりで部屋にずっといるなんて、退屈じゃねぇ?」
     と、強引に部屋に入り込み、屈託ない笑顔で朗らかに声をかけてきたのはグラビティだった。
     ひょんなことからエグゼが連れて来てしまった3人の少年の内のひとりで、最初に会ったときの印象は決して良いものではなかった。
     エレクトロはラボにいたときに、実験体の情報や施設機器の管理などをする統括システムとして扱われていたため、グラビティたちを見てすぐに被検体の永久少年だと判別できた。3人の様子から、ラボ側でなく逃げて来た側だと分かった。逃げ出した永久少年であれば、同類ということになる。アーミィとグラビティとギガデリはお互いに都合がいいからという理由だけで行動を共にしていたらしい。
     そんな3人が居座り始めて月日が経ち、いつからかグラビティはボルテージの近くにエレクトロが居ないと知ると、充電部屋に来るようになっていた。グラビティが初めて充電部屋に来たときに、エレクトロはグラビティを追い返そうとしたが、グラビティはいつもと変わらない笑顔で興味津々に部屋を見回しコレは何だアレは何だと訊いてきた。
     それからというもの、エレクトロはあまり好きではなかった充電の時間が楽しみになっていた。この場所に留まり体の一部を通信機器として使って世界の情報を得ている自分と違い、世界を歩き回っていたグラビティは自らの体験談や感想などを話してくれる。映像や画像やテキストデータからでは知りえることが難しい、経験の知識。それを、拙い言葉と大袈裟な身振り手振りで教えてくれた。
     それが楽しくもあり嬉しくもあり、エレクトロはグラビティとよく会話を交えるようになっていった。
     
     闖入者の3人が加わった生活をするのが当たり前になってきたころ、アーミィがしばらく被ることが無かった赤いヘルメットを被り直してこう言ってきた。
    「いつまでもここには居られない。世話になった。ありがとう」
     エレクトロはその理由を知っていながら訳を尋ねた。アーミィは複雑な顔をして「とても危険なやつに追われているから」とだけ答えた。
     アーミィの情報は、エレクトロのデータバンクの中にも入っている。ラボ壊滅を引き起こした張本人であり、ラボが開発した最強の永久少年。そして、その身を狙ってラボがクローンを差し向けていることも。ラボは一番に脅威となっているアーミィを捕えるか始末してから、他の逃げ出した永久少年たちを捕獲しようと計画している。アーミィの能力なら他の永久少年たちを容易に従えられるからだった。もしアーミィを始末することになったとしても、アーミィのクローンがいる。その能力は、もっと強制的で支配的なものだった。どちらにしろラボにとっては優位であることに変わりない。手荒な事をしてくる可能性は十分にあり得た。
     だから、アーミィを引き留めることはできなかった。もし、ここがラボの襲撃に遭ってしまったらボルテージが世話をしている行き場のない子供たちや匿っている永久少年たちにも大きな被害が出るし、元ラボの者だったボルテージも相当な処分がされるのは見当がつく。
     アーミィがこの場所を去るということは、グラビティとギガデリもこの地を去るということを意味していた。
     アーミィとギガデリがボルテージに別れの挨拶をしているとき、グラビティはエレクトロの所へ駆け寄って来た。
    「…なぁ」
     グラビティにしては珍しく、いつもの元気がない、遠慮がちな声。
    「エレクトロ、オマエも一緒に行かねぇ?」
    「え…」
     グラビティからの思わぬ提案に、エレクトロは固まった。
    「オレさ、オマエのこと気に入ったぞ。オマエといっぱい話して楽しかったし、まだいっぱい話したいことあるんだぜ。だから…」
     不意にグラビティは言葉を止めた。エレクトロがここを離れられない理由を、グラビティも知っていた。恩人であるボルテージから離れるわけにはいかないだろうし、何より体の充電の問題があった。
    「そっか…。そうだよな…。オマエを困らせること言っちまった。わりぃ…」
    「気にしないでくれ」
     肩をすぼめるグラビティに、エレクトロは優しく声をかけた。グラビティの気持ちも分かる。本当は、一緒に行ってみたかった。
     グラビティはアーミィとギガデリに呼ばれ、慌ただしく手を振った。
    「んじゃ、オレいってくるぜ!」
    「うん。さようなら、グラビティ」
     今迄に味わったことのない喪失の予兆に耐えながら、エレクトロは平静に別れを告げた。
    「サヨナラなんて言うんじゃねぇよ」
     グラビティは不思議そうな顔をして、言葉を続ける。
    「いってきますってさ、どこに“行って”も戻って“来ます”ってことだろ? だから必ず戻ってくるんだぜ!」
     グラビティの言葉に、エレクトロは、はっと息を呑んだ。そしてグラビティに笑顔を向け、真っ直ぐ見詰めて口を開いた。
     
    「いってらっしゃい」
     
     
     
     
     
    終わる


    本物とは

    雰囲気文。


    “俺が本物になる”
     
     鎖はいつもそう言っていた。Ⅸ籠にとって、その言葉が何を意味して何を思ってのことなのか、理解できなかった。
     鎖は粗暴であっても、物事に筋を通して白黒を付ける裏表の無い快活な性格で、周囲の者たちから慕われていた。
     Ⅸ籠は鎖を命令し従わせていても、逆らえない立場のはずの鎖はよく笑い、何かとつけて構ってくるし、からかってくる。そんな鎖を煩く感じながらも、嫌いではなかった。
     もし鎖が望んでいる“本物”になれたとしたら、今の鎖はどうなってしまうのか、そんな思いがⅨ籠の中にはあった。
     鎖ではない、誰かになってしまうのではないだろうか。
     
    “本物でなくても、本物であろうとするほうが、本物よりも本物らしいと俺は思いますけどね”
     
     躍起になる鎖を、何も言えずに見ていたⅨ籠の隣りに寄って、刺斬がそう言った。
     Ⅸ籠は刺斬に返事をしなかった。刺斬の言葉は、誰よりも鎖を理解している刺斬だからこその励ましの言葉に思えたが、刺斬が自分自身を保つために言っているように感じた。
     刺斬も、口には出さなくても本物になりたがっているのではないだろうかと、Ⅸ籠は思っていた。
     クローンという造られた複製品にとってオリジナルは本物であり、それを超えなければ存在価値は無い。造られた意味が無くなり、生きる理由が無くなる。Ⅸ籠自身も、そのことは理解していた。
     刺斬は鎖が必死になるわけを話し始めたが、Ⅸ籠はすぐにその内容が上辺だけの口実だと知り、自分のオリジナルであるアーミィのことを考え始めた。
     籠と呼ばれていた水槽の9基目の中で生まれたⅨ籠は、それが名前の由来になっていた。隔離された部屋で、生命維持装置に囲まれ保存液で満たされた水槽の中にいる、複製に失敗した残骸が兄たちだった。だから、そんな兄たちをオリジナルであるアーミィが裏切って逃げ出したと聞かされて許せなかった。そう、思っていた。
     けれど、後になってアーミィと一緒に暮らしていた記憶を取り戻した。それからというもの、アーミィに対する気持ちは複雑なものになっていた。
     好きなのか、嫌いなのか、憧れの兄として慕っているのか、裏切り者として恨んでいるのか。自分の中にいる失敗作の兄たちの為に殺したいのか、殺されたいのか。
     想いは複雑に入り混じっているが、組織からの命令は“始末しろ”という至って単純で明確なものだった。
     
     鎖と刺斬が本物になろうとするのが理解できないのは、自分とオリジナルが完全に別物であると認識してしまったからなんだろうと考えが行き着いた。
     オリジナルに会ったことが無い鎖と刺斬はオリジナルに対して求めているものがその立場であり、オリジナルと親しくなっていた自分がオリジナルに対して求めているのは個の存在として認知されること。その考え方の違いから、お互い分かり合えるはずない。
     本物であることに執着する2人を他人事とまではいかないが、どこか遠くに感じながらⅨ籠は刺斬を見上げた。
     
    “鎖も刺斬も、オレが知っているのは本物だ”
     
     Ⅸ籠にとって、鎖も刺斬も他ならない個の存在であり、まぎれもない本物。嘘偽りは無い。
     刺斬は少しだけ目を大きくして、すぐに目を伏せた。そう…ですね、と小さく呟いて。
     肯定の返事は、風に消されそうなものだった。
     
     
     
     
     
    終わる


    志学

    思い付きの即興文。ほのぼの話っぽい。


     街外れにひっそりと存在している小さな教室。「雷塾 雷々組」と呼ばれるその塾には、普通とは異なる子供たちの集まりの場になっている。
     そこで講師をしている仮面の男ボルテージは、にこやかな笑顔で振り返った。
    「この問題、誰か解けるかな?」
     黒板に白いチョークで書いた数式を指さし、教室内を見回す。広いとは言えない教室には不格好に机が並び、それぞれに特徴の濃い子供たちが席に着いている。
    「あ、はいはい!」
     サイコキネシスで消しゴムを浮かせることに夢中になっていたホリックが、ボルテージの視線に気づいて元気よく手を挙げた。
    「返事は一回でいいんだぞ。じゃあ、ホリックくん答えを」
    「話聞いてなかったから、分かりません」
    「正直に言うことはいいことだ。だが、授業をちゃんと聞くように。…教科書読んでなさい」
     やや困り顔でボルテージが言葉を返すと、ホリックは「はーい」と軽い返事をして閉じていた教科書を開いた。
    「っあー、この式、見たことあるんだよな…」
     ギガデリは黒板の数式を書き写したノートを睨みながら小さく呟く。ラボに拉致される前に学んでいて、解いたこともあるものだった。すぐそこまで思い出せそうなのに、思い出せなくてモヤモヤとする。
     斜め前の席にいるエグゼが必死に問題を解こうと「ええっと…ええっと…」と小さく声を漏らす。その声をうるさく感じながら、ギガデリはそっと横目で左隣のグラビティを見遣る。グラビティは美味しいものでも食べてるかのように幸せそうな寝顔で居眠りをこいていた。最初から期待していなかったが、ここまで堂々と居眠りをしているといっそのこと羨ましく思える。
     右隣の机にいるアーミィの方を見ると、アーミィはぼんやりとしながら教科書をペラペラとめくっていた。教科書を読むというより流し見ているようだった。
    「おいアーミィ、この問題解けたか?」
     ギガデリは小声でアーミィに声をかける。
    「解けた。今やってる数式は飽きたから、先のを見てる」
     アーミィは教科書に視線を落としたまま、淡々と答えた。
    「は? 何だよそれ、頭脳も最強かよ。お前のクローンは頭悪そうなのに…」
     皮肉交じりに言い返すと、アーミィは顔を上げて目を合わせてきた。
    「知識を得るのは嫌いじゃない。あと僕の弟の悪口やめてよ。次言ったら撃つから」
     冗談ではなく割と本気の目だった。寒気を感じたギガデリはアーミィから目を逸らして、再びノートに目を移す。
    「答え分かってんなら、何で答えねーんだよ」
    「卓越した能力は周りに知れると色々と都合が悪い。社会情勢でそういうのも知った。ある程度は一般基準に合わせたふりをするほうがいい」
    「…ああ、そ…」
     ギガデリはそれ以上は何も言えなくなって口を閉じた。
     アーミィと話をしている間に、黒板の問題はエレクトロが解答したようだった。ギガデリはアイツ半機械化して電算機使ったんじゃねえだろなと心の中で疑りながら黒板に書き足された解答式をノートに書き写す。書き終わった瞬間に、式の解き方を思い出した。今頃になって思い出したことが悔しくて頭を掻く。
     そしてそれが引き金となって、この教室の机に着席してからずっと感じている不満と威圧感の原因に意識が向いた。
    「つか、何でテメェらがいるんだよ!?」
     後ろの席に着いている3人に向けて、声を大きくする。後ろに並ぶ3つの机には、Ⅸ籠と鎖と刺斬の姿があった。
     ギガデリに睨まれた刺斬と鎖は、互いに見せ合っていたノートからギガデリへ目を移す。
    「旧世代のガキが理解するにはまだ早いってことよ!」
    「いや、永遠に理解できる気しねーよ」
     得意気に言い放つ鎖に、ギガデリは引き攣った表情で言い返す。すると刺斬が不敵な笑みを浮かべた。
    「俺らはクローンだ。オリジナルであるアンタらを超える必要がある。その為に造られたようなモンだ。それが戦闘能力であっても、学問であっても、な」
    「言ってることは分からなくもねーけど、俺が気にしてんのそこじゃねーし」
    「…ですよね、ボス」
    「い…今、考えてるから話しかけるなッ!」
     不意に刺斬から話を振られたⅨ籠は、苛立った様子で声を荒げた。ノートに書いた式をじっと見て必死に問題を解こうとしているようだった。
    「Ⅸ籠、その問題分からない? 兄ちゃんが教えてあげようか」
     すかさずアーミィが身を乗り出してⅨ籠の方を見る。
    「うるさい! 兄貴面するな!」
     Ⅸ籠がぎりりと歯を噛んで、払い退けるように腕を振ると、アーミィは楽しそうに笑いながら身を引いた。
    「鎖さん、4問目が違ってるみたいスよ。そこは引いた後に割った分の小数点が…」
    「っだあああ! ンだよ、引っ掛け問題か!?」
     刺斬の指摘に鎖が大声を上げる。
    「こら、静かにしなさい」
     と、ボルテージの注意が教室に響く。
    「……」
     この状況に納得いかないギガデリは、半眼でクローン隊の3人を見る。問題が解けなかったこと以上にモヤモヤとした気持ちに包まれていた。
     
     
     
     
     
    終わる


    たったひとりの成功作

    アーミィの独白。思い付きのお話。


     馬鹿げた人体実験を繰り返す生活から逃げ出すことができたのも、そんな人体実験の成果の賜物だった。
     成功と同時に大失態となったラボは、飼い犬に手を噛まれた気分だっただろう。いい気味だ。
     唯一気掛かりなことと言えば、弟とはぐれてしまったこと。
     弟と言っても同じ親から生まれた弟じゃない。頼んでもいないのに勝手に造られたクローンだ。自分によく似た他人に、兄として慕われていただけ。
     
    ただ、それだけの存在。
     
     
     
     最初に会ったころは、正直言って気持ちのいいものじゃなかった。自分そっくりの少し幼い他人が雛鳥みたいに後ろを付いてきて、見様見真似をしているから。真似を失敗することもあって、知能は低いという差に気付けたけど、失敗している姿が自分を彷彿とさせる。出来の悪い自分を見ているようで気分が悪い。
     よく似た他人は話しかけてくるわけでもなく、ジロジロとこちらを見ながら飽きもせずに真似ばかりしていた。
     
     ある日、酷い実験や訓練が度々重なって腹が立っていた自分は、当然のように後ろを付いてくるアイツを日頃から邪魔ったく思っていたのもあって、八つ当たりで怒鳴り叩いてしまった。
     アイツはとても驚いた顔をして動かなくなった。だけど、すぐに表情を変えた。どこか嬉しそうな顔だった。
     ああ、そうだ。“初めて”目を合わせて、声をかけて触ったんだ。
     この日から、今まで空気みたいに見て見ぬふりをしていたアイツの存在が、少しだけ変わった気がした。
     
     それからしばらく日が経って、アイツは苦しそうにしていた。後ろを付いて歩くのも辛そうだった。
     原因はさっき飲まされた薬のせいだと分かる。自分はもう慣れたけど、初めてあの薬を飲まされたときは、立つこともできなかった。それを思い出したら、自分はいつもよりも遅い速度で歩いていた。
     数分くらい懸命に後ろを付いてきていたけど、アイツは堪えられなくなったらしく、廊下の端で足を止めてうずくまった。見ないふりをして先へ行こうと思っていたのに、そうはできなかった。
     何のためにこんなことをするのか。
     自分はアイツのすぐ隣に座っていた。用事も、理由も無いのに。
     どれくらいか時間が過ぎて、こちらに気付いたアイツは安心したように目を細める。そして呼吸の音と同じくらい小さな声で「兄ちゃん、ありがと」と言った。
     礼を言われる意味が分からなかったし、兄と呼ばれて変な気分になった。
     よく似た他人だと思っていたのに、こっちのことを兄だと思っていることを、初めて知った。
     
     いつからか、アイツだけ大人たちに連れて行かれることが起きるようになった。今まで自分と同じ扱いをされていたのに。戻ってくれば今まで通り後ろを付いてきて真似をするけど、妙に荒っぽい時や元気が無い時が多かった。
     そんな中、アイツが大人たちに【クロウ】と呼ばれているのを知る。アイツの名前なんて訊こうと思わなかったし、興味も無かった。でもどうしてか、アイツの名前を知って、晴れた気分になった。
     “自分とは違う名前”だからだろうか。
     
     薬の副作用で、アイツは高熱を出した。そんなこと、自分にもよくあることだから気にしてなかった。
     部屋の隅で音を立てずに寝転がっている姿を視界の端で見るのも、3日くらい続いた。
     さすがに気になってしまって毛布と水で濡らしたタオルを渡すと、アイツは泣きながら掠れた声で「ごめんなさい」と言った。
     その理由が知りたくて、何で謝るのか訊くと「何でって?」と訊き返してきた。その心底不思議そうな様子がとても間抜けで、思わずくすっと笑ってしまった。つられたアイツもくすっと笑った。
     
     後ろを歩いていたクロウは隣りを歩くようになっていた。
     まるで鏡に映った自分を、自分とは違う名で呼ぶような感覚。名を呼べばクロウは厭わずに嬉しそうに返事をする。
     目を合わせる回数が増えて、それと同じかそれ以上に話しかけることが増えた。
     クロウに対する嫌悪感は心の奥に埋もれてすっかり消えている。
     自分によく似た他人は、クロウという存在になっていた。
     
     クロウには言わなかった。言う切っ掛けも機会も無かったし、言う理由も無かった。クロウがひとりではないことを。
     自分によく似た他人は、クロウの前に何人も会っていた。でも、そのどれもがただの他人のままだった。いつの間にかどこかへ消えていったし、泣きも笑いもしない虚ろな目は合うことがなく、話が通じないヤツばかりだった。そのどれもが“クロウになれない他人”だった。
     
     たくさんいた他人の中の、たったひとりだけ。
     “Ⅸ籠”の名を持つ、自分によく似た他人。
     ただ、それだけの存在。
     
     
     それなのに。
     自分によく似た弟のような他人が、ずっと心の中に残っている。
     
     
     
     
     
    終わる


    鴉、浴すれば風雨の示し

    クローン隊のある日の話。元ネタは諺から。


     そろそろ夕飯の支度をしようと、刺斬は読んでいた本を閉じてソファーから立ち上がった。
     鎖が部屋を出る時に閉め忘れたらしいドアに気付いて、ドアノブに手を伸ばす。と、そこで薬の瓶を片手に持ったⅨ籠が廊下を通り過ぎて行った。
    「ボス!?」
     慌てて声をかける。何でもなければ後姿に声をかけるつもりはなかったが、Ⅸ籠は血だらけだった。怪我ではなく、返り血であるとすぐに分かって少し安心した。
    「何?」
     呼び止められたⅨ籠は面倒そうに振り返った。出撃から帰還したばかりで殺気立っているのが伝わってくる。こういうときのⅨ籠に近付くのは危険であったが、それ以上に自分自身に無頓着なⅨ籠を放っておけない気持ちの方が重かった。
    「そのまま寝るつもりですね? ダメです」
     刺斬はⅨ籠の手を取り、部屋に引き入れる。思った通りにⅨ籠は睨んできた。
    「お前に関係ないだろ!」
    「ええ。無くても体洗ってから寝てください」
     手を振りほどこうとするⅨ籠の腕を掴み直して、黒いヘルメットを取った。Ⅸ籠は嫌がるような態度をしているが力を入れて離れようとはしていなかった。これなら押せると、刺斬は確信した。
     そこへ鎖が戻って来た。刺斬とⅨ籠を見るときょとんと眼を大きくする。
    「何してんだ?」
    「ああ、鎖さん、いいところに」
     刺斬はⅨ籠を腕を鎖に渡す。事情の分からない鎖は逃げようとするⅨ籠の腕を掴む。
    「クロウさんを風呂に入れてやってほしいんスけど」
    「はぁ!? なんで俺が」
     鎖が声を大きくする。その隣でⅨ籠は小さく「鎖じゃ、やだ…」と呟いた。
     2人の仲はあまり良くない。それは重々知っている。
     それでも。
    「俺は夕飯の支度があるんで」
     …というのは建前で、本当は鎖とⅨ籠がもう少し仲良くなってほしかった。文字通り裸の付き合いでもさせてみようと思ったからだった。
     鎖はう~んと唸ったあとは深く考えなかったらしく、にぃと笑うとⅨ籠の腕を引く。
    「オラァ! こっち来い! 服脱げ!」
    「オレに触んな!!」
    「鎖さん、もうちょっと穏やかに…」
     力ずくでⅨ籠を連れて行く鎖に少々肝を冷やしつつ、Ⅸ籠は本気で嫌がっていなさそうだったのでそのまま行かせることにした。
     刺斬はバスタオルを2枚用意した後、浴室に気を向けながら夕飯の支度を始めた。
     浴室に入った2人は最初は無言であったが、鎖の方から何か話しかけるようになり、しばらくした後にはⅨ籠も話を返すようになっていた。
    「それで、その研究員がよ、腹立つことしか言わねえ」
    「ああ、アイツ嫌い」
    「注射も下手だよな。毎回痛ぇんだよ」
     2人の会話を聞きながら、刺斬は穏やかな空気を感じて嬉しくなった。これで2人の仲が良くなるかもしれない。
     気分上々になった刺斬は作る料理に気合が入り、鼻歌交じりになる。
    「鎖のちんちん大きいな」
    「はははっ! 本気出せばもっと大きくなるぜ!」
     だいぶ砕けた話をするようになったらしい。会話の弾む2人の邪魔をしたくはないけれど、そろそろ湯から上がらないとのぼせる心配がある。
    「2人共、夕飯できたんで、そろそ…」
     刺斬が浴室に向かって言いかけた瞬間、水を滴らせた鎖が飛び出してきた。
    「テメェッ!!」
     続いてⅨ籠が凄まじい剣幕で出てきて鎖を追う。
    「何があったんスか!?」
     和気あいあいとしていた2人の変わりっぷり刺斬は呆然とする。
     Ⅸ籠が鎖に殴りかかり、鎖がすんでのところでそれを避ける。Ⅸ籠の拳は空振りにならず壁に当たってヒビを入れた。
    「いやぁ、ちょ~っとからかったらブチ切れちまった。ははっ」
    「笑いごとじゃないっスよ!」
     水浸しで全裸のままの2人が部屋の中を走り回る。飛び散る水、散らかっていく部屋。その光景に刺斬は血の気が引いた。2人の距離を縮めようと気を逸ってしまったことに後悔した。
     そして、2人が湯冷めして風邪を引いたのは言うまでもない。
     
     
     
     
     
    終わる


    日記のお話まとめ

    2017/03/25~2019/08/10までの日記に乗せた妄想文章群。


    2019/08/10の日記
    ■会話ネタ。夢で見た内容が平和だったので、記録しておく。
    鎖「うちのボスくれてやるよ」
    刺「その代わり、俺らのオリジナル寄越してもらおうか」
    鴉「はぁ!? お前たちぶっ殺…」
    グ「おう! オレあっち行くぜ」
    網「くーちゃん、こっちおいで」
    鴉「くーちゃんって呼ぶなよ!! ふざけんな!」
    網「残念だなぁ。僕はくーちゃんと一緒にいたいのに」
    鴉「…じゃあ、そっち行く…」
    ギ「なんだコレ…」
     
     
    ◆◇◆◇◆
     
     
    2019/06/12の日記
    ■ネタ話
    ギガ:成功クローン2体もいるのか。お前能力複製しやすいんじゃね?
    グラ:てめェはクローン造るほどの価値の無い能力ってことじゃねーの?
    ギガ:もっかい言ってみろ
    グラ:やんのか? 受けて立つぜ
    アミ:そこまで気にすることじゃ…
    ギガ&グラ:お前のクローンが一番厄介なんだよ!!
     
     
    ◆◇◆◇◆
     
     
    2018/10/10の日記
    ※アーミィとⅨ籠の死にネタというか心中ネタ。状況的に猟奇な部分あるけど描写表現は抑えてなるべく軽い文にしてます。アレな感じですがエロくはない。
     
    真っ暗で何も見えない部屋。
    両腕両脚の喪失。ただ生かされるだけの時間が過ぎる。
    本当は始末されるはずだった。
    でもそれをⅨ籠が最後の最後で拒否した。
    それを組織は承諾した。再起不能にすることを条件に。
    完全な暗闇の中では【TOOL】の能力はⅨ籠に効かない。【TOOL】よりも【影】の方が強かった。
    人は長い期間何も無い空間にいると、廃人になる。それをぎりぎりの所で止めているのがⅨ籠の存在だった。
    これは、肉体的にも精神的にも、完全な支配。
    「…Ⅸ籠。いつまで僕を生かしておくつもり?」
    「え? 何言ってんの? ずっとだよ?」
    当然と言わんばかりの返答。
    Ⅸ籠は特に何かをするわけでもなく、上からの命令が無ければずっと傍にいた。他愛の無い会話と、時々抱き寄せては髪を撫でたり甘えるように頬を寄せてくる。
    そんな時間がゆるゆると流れる。
    こうなる前は、あんなにも殺意剥き出しだったから、虐待でもされるかと覚悟していたが、そういうことも無い。刺さりそうなくらいに向けられていた殺気も今となっては微塵も無く、いじらしさを感じるくらい純朴な弟だった。
    不思議なことに、こんな状況を不便に思うことはあっても、不満は無かった。
    自分で意識していたよりもずっと、Ⅸ籠の事を信頼していたし、大切に思っていた。
     
    ふと部屋に響く電子音。
    「兄さん。呼ばれたから、行ってくる…」
    Ⅸ籠が身を離して遠ざかっていった。
    部屋の外から、話し声が聞こえる。
    「それならオレの体使えばいいだろ!」
    「お前の遺伝子では改変が酷すぎてクローンは造れない。塩基配列が特殊で…」
    「そんなこと知るか! 兄さんにはあれ以上何もしないって約束しただろ!」
    「悪いようにはしない。少しの間借りるだけだ。これは上層部からの決定事こ…」
    「うるさい!!」
    ばしゃ、と、何かをぶちまける音。悲鳴と共に遠ざかって行く、いくつかの足音。
    血の香りと一緒にⅨ籠が戻って来た。
    「大人って嘘つきだよね」
    不貞腐れたような声。Ⅸ籠がどんな顔をしているのか、この暗がりでは分からなかった。
    Ⅸ籠は多くのことに対して寛容で、自分自身に対して関心が薄かった。けれど、大切にしているものに干渉されることを嫌い、それが起きれば人が変ったように凶暴だった。その事をいくら諭しても、Ⅸ籠は弁解があやふやで、時には自分がしたことを全く覚えていないようだった。性格に大きな欠陥があることは、組織にも周知されている。その性格が災いして、親しくしていた部下を失っていた。
    「何かあったのか?」
    おおよその内容は会話から把握していたけれど、あえて訊いてみる。
    「大丈夫。何があっても兄さんのことは守るから」
    Ⅸ籠はそれだけ返事して、黙り込んだ。
    十数秒ほど間をおいて、Ⅸ籠が髪を撫でてきた。
    「…あの、さ。兄さんは、新しい弟が欲しい? …もし、欲しいなら…」
    「Ⅸ籠だけでいいよ」
    迷い無く返事をする。
    もし次のクローンが成功したら、恐らく今のⅨ籠よりも従順で危険性の無い兵器にするはず。そうなったら、組織が手を焼いているであろうⅨ籠のことをどうするか分からない。
    「そっかぁ…。兄さん、オレだけでいいんだ…」
    ふふっと笑いながら、Ⅸ籠が小さく呟いた。すぐ隣で寝そべっているのか、ぱたぱたと足を動かす音がする。
    「オレも兄さんがいればいい」
    心底嬉しそうに声を上げて、抱き付いてきた。
    抱き返してあげられる腕は無いから、代わりに頬を寄せた。
     
    いつからか、Ⅸ籠が不在の時に部屋の外が騒がしくなるようになった。
    Ⅸ籠が居ない隙を狙おうとしていることは十分に読み取れる。組織はどうしても新しいクローンを造る気のようだった。
    早く何とかしないと手遅れになる。
    自分には抵抗する方法が無い。【TOOL】の能力を使うことはできるが、自分で自分の身を守れないのだから、その隙を突かれる。
    事が起きているときにⅨ籠が戻ってきたら、それこそⅨ籠は逆上して本気で暴れるだろう。そんなことになったら組織も強攻に手を下すに決まっていた。
    Ⅸ籠と一緒に逃げるという選択も考えたけれど、事情を話せば確実にⅨ籠は業を煮やして組織に牙を剥く。組織と全面的に戦うのは多勢に無勢だった。
    どう転んでも、八方塞がり。この部屋同様、光が見えない。
    どうすればⅨ籠を守れるか、そんなことばかり考えるようになった。
     
    あるひとつの方法を思いついた。
    組織にクローンを造らせない、確実な方法。
    Ⅸ籠を裏切る行為にも似た方法だったが、Ⅸ籠のためならどう思われても構わなかった。
    真っ暗な部屋で、どこにいるのか分からないⅨ籠の様子を探るために意識を集中する。
    「Ⅸ籠、頼みがあるんだけど」
    「何なに? 何でも言ってよ!」
    弾むような返事が返ってくる。
    「Ⅸ籠、キスしてくれる?」
    「え…」
    少し離れた位置で、ごそりと身を動かすⅨ籠の気配。
    思った通りの反応だった。でも、これを押し通さないと意味が無い。
    「嫌だった?」
    「あ…いや、えっと…。嫌じゃない…けど、オレなんかでいいのかな…」
    Ⅸ籠が遠慮がちに抱き付いてきた。
    静かに唇を重ねる。
    舌先に触れる、歯ではない硬い異物。
    やはり、あった。歯列の外側に。終わらせる最後の手段。
    国家にいたときに自分もそうだった。万が一捕らわれた場合、相手に遺伝子情報を奪われないための、遺伝子を破壊する強力な化学物質。
    深く求める振りをして、その小さな塊を抜き出すとすぐに噛み砕いた。
    広がる苦い味。
    「っ…」
    Ⅸ籠が慌てて唇を離す。
    「兄さん、それ飲んじゃ駄目!! 早く吐き出して!」
    「ごめん、Ⅸ籠。…これしか方法が無かった」
    「…何、それ…どういう意味?」
    Ⅸ籠が震えた声を出す。
    「…本当に…ごめん…」
    「……」
    暫しの間。暗くて、Ⅸ籠がどんな顔をしているのか分からなかった。
    「兄さんがどういうつもりなのか知らないけど、それで自殺は出来ないよ」
    「え…」
    Ⅸ籠の話に、身体が強張った。
    「それはオレの頭痛薬。戦闘中でもすぐ飲めるように入れてるだけ。正常な人が飲むと強い眩暈が起きるから、吐いたほうがいいよ。…自害用の毒はこっち」
    Ⅸ籠がカラカラと口の中で音を立てる。
    失敗した。逸る気持ちで冷静さを欠いた。
    まさか常備薬を口に入れているなんて、そこまで考えが及ばなかった。
    「ねぇ…。何で死のうとしたの?」
    「……」
    妙に冷静な口調のⅨ籠に、何も言えなかった。
    沈黙が流れる。
    静寂の中で、がり、と音がした。
    「…Ⅸ籠…?」
    「兄さんが死ぬくらいなら、代わりにオレが死ぬよ」
    「それは…」
    絶対に避けたかった最悪な結果になる。
    もう、形振り構っていられる場合じゃなかった。
    「Ⅸ籠って本当に馬鹿だよね!」
    語意鋭く、大声を出す。
    「考え方が幼稚で浅薄! 空気読むのが下手で、強気なくせに泣き虫で! 機嫌が悪くなるとすぐ暴力的になる!」
    こんな方法でⅨ籠が釣れるかどうか、分からなかった。
    「いつまで僕に執着してるつもりだ!? 早く殺せよ! お前のことなんか…嫌い…なんだよっ…!」
    喉が引きつって言葉に閊えた。
    でもそれは、急に大声を出したからではなかった。
    「馬鹿なのは兄さんの方だよ。泣くくらいなら、無理に嫌なこと言わなくていいのに…」
    「…っ…」
    完全に遣り損じた。頭の中が真っ白で、機転の利いた次の手なんて、思いつかなかった。
    「兄さんって、感情薄くて、何考えてるのか分かんないよ…。冷めた態度のくせに、自信家で強がりで、ひとりで解決しようとする」
    溜め息混じりにⅨ籠が呟く。
    不意に口に何かが触れる。舌を刺すような苦味を感じた。
    「よくわかんないけど、兄さんの頼み事だから、聞いてあげるよ。今更ひとりにされるのも嫌だから、一緒にいくけど」
    すぐ隣で寝そべる音がして、髪を撫でられた。
    「おやすみ…」
     
    その後の記憶は無い。
     
     
    ◆◇◆◇◆
     
     
    2018/09/28の日記
    ※展示物にある「籠ノ鴉」小説の後の出来事なので、読んでないと意味不明な内容です。早い話が、我が家のⅨ籠は多重人格です。
     
    もう我慢の限界だった。
    あんな所に永い間閉じ込めておいて見て見ぬ振りして、存在してなかったことにしていたくせに。都合よく命令してきやがって。その命令を拒否したら、今度はこれだ。
    「Ⅸ籠、落ち着け」
    煩いくらい視界にたくさん映る白衣の研究員の中のひとりが、平静さを装って言った。
    「うるせぇッ!!」
    噛み付くような勢いで声を張り上げると、ジャラと手足の両手両足の枷が音を立てた。
    研究員たちは一斉に半歩引いて、恐怖の混じった困惑の表情を濃くする。
    「ふざけんじゃねぇ! 今更“俺たち”のこと、コキ使おうだなんて、ムシが良すぎんだよ!」
    -腹が立つ。 もうどうでもいい。 死ね。 そうだ、全て殺せ。 やめようよ。-
    複数の思考が絡む。この身体の主導権はひとりだけ。複数の思考があれど、行動の決定も得る記憶もひとりだけのもの。
    許さない、みんなぶっ壊れろ。
    「俺に従え…!」
    念を込めて意識を集中させる。
    ざわり、と場の空気が変り、研究員たちの足元の影がざわめく。
    研究員たちはびくりと身体を揺らして虚ろな目つきになる。次々と歩み寄ってきて、壁に繋がっている枷を引っ張り始めた。
    一般人の力で楔を引き抜けるものではないが、影の力で支配された研究員たちは自己抑制を完全に失っている。たいした筋肉の付いていない腕の筋繊維をぶちぶちと切らしながら引っ張っていた。
    そんな研究員たちを、脆弱な奴らだなと心の中で舌打ちした。
    ようやく左腕の楔が壁から抜ける頃には、研究員たちの腕は白衣の上からでも分かるほど腫れ上がって血が滲んでいた。
    ひとつ抜ければ十分だ。薬で弱ってなけりゃ、わざわざこいつらにやらせる必要も無かった。
    「…死ね」
    再び研究員たちに言い放つ。
    研究員たちは無表情のままそれぞれに動き始める。己の首を絞める者、壁に勢いよく頭を打ち付けて頭を潰す者、所持していた薬品を飲み痙攣をする者。ひとり、またひとりと倒れていった。
    「ふん」
    静かになった部屋で、右腕と両足の枷を引き抜く。乾いた音を立てて、壁の一部が砕けた。
    手足に枷が付いたままだが、自由になれた身に満足する。
    しかし気が晴れるわけではない。薬のせいで痺れが残っている身体で、すぐ近くに倒れていた研究員の頭を踏み潰した。薄皮の下の殻があっさりと割れて、中身が出た。
    壁越しでも、部屋の外に人の気配を感知する。まだいっぱいいる。
    -ぜんぶ壊していいよ。 勝手にしろ。 兄さんはいる? みんな殺せ。 もうやめて。-
    「クロウ!」
    声がして、赤い髪を逆立てた男が部屋に飛び込んできた。自害した研究員たちを見回して、目を丸める。
    -知ってる。 知らない。 殺せばいい。 あの人は殺してくれる人。 …鎖?-
    「てめぇ、また暴れやがったのか!?」
    「鎖さん、まって」
    赤髪が歪んだ表情を浮かべたとき、草色のニット帽を被った男が現れた。
    「…ボス、迎えに上がりました。一緒に戻りましょう」
    「誰だ」
    問えば、2人の男は目を大きくして、互いに横目で目を合わせた。
    「俺は刺斬です」
    ニット帽の男が名乗る。
    -知らない。 殺せ。 声を聞いたことがある。 どうでもいい。 刺斬だ。-
    「怖い思いをしましたね。もう大丈夫です」
    -大人は嘘つき。 もう閉じ込められるのは嫌だ。 兄さん以外は信じない。 騙そうとしてる。 早く殺せ。 本当に?-
    腹が立つ。騙されるもんか。そういうやり口なのは知ってるんだ。みんな殺してやる。
    気に踏み込んで、間合いを詰める。ニット帽の男の首に手を伸ばした。
    「チッ…」
    赤髪の男が舌打ちをする。ニット帽の男に手が届く前に腕を掴まれて、床に押え付けられた。
    「殺してやるッ!」
    「すんません、ボス…」
    手に持っているのが注射器だと気付いても、どうすることもできなかった。
    -次に目が醒めたらあの狭い所なの? 死ね、殺してやる。 眠っていい? 兄さんに会いたかった…。 もう疲れた。 …ありがと。-
    「嘘つき…」
    消える意識の中で、せいいっぱいの悪態を付いた。
     
     
    ◆◇◆◇◆
     
     
    2018/09/28の日記
    借りてきた猫のようだった。
    ボスと呼んでも、Ⅸ籠と呼んでも反応しない。まるで何も聞こえていないかのように、余所余所しい態度をしている。
    「どう思います?」
    刺斬は、Ⅸ籠の顔を覗き込む鎖に声をかける。
    「どうって言われてもよ。いつものⅨ籠の人格じゃねえってくらいしか…」
    鎖はソファーに座って縮こまっているⅨ籠に視線を向けたまま立ち上がった。Ⅸ籠はそれを目で追うものの、何の表情も見せなかった。
    「ボス、聞こえます? 返事してください?」
    刺斬はⅨ籠に顔を近づけて、少し大きい声をだす。目と目が合うが、きょとんとした表情だった。
    「耳に何か詰まってんじゃねえか? おい、耳貸しな」
    鎖は言いながら、Ⅸ籠のヘルメットを取ると白銀の髪を掻き上げて耳の穴に指を突っ込む。Ⅸ籠は肩を窄めて目に薄っすらと涙を浮かべて震えていた。
    「まって、まって鎖さん。ボスの様子がよろしくないっス」
    「クロウは、耳が弱いのか」
    「そういうの、やめましょう」
    刺斬がジト目で鎖を見る。鎖はニヤニヤ悪戯な笑顔を浮かべながら、やや乱雑にⅨ籠の頭にヘルメットを被せた。
    「どーしたもんかな」
    鎖は息を吐きながら後ろ頭を掻いた。
    「暴れるような危険性は無さそうですし、自然に戻るのを待ったほうがいいっスかね」
    「催眠術だっけか? 術師が手叩くと、催眠術が解けるみてえに、元の人格に戻らねえかな」
    「そんな都合よくならないスよ」
    「こうやって、3! 2! 1!」
    パン!
    「鎖、うるさい」
    「えっ?」
    「…戻った…?」
     
     
    ◆◇◆◇◆
     
     
    2018/06/18の日記
    ※テスト表示のために書いたちょっとしたお話。
     
    「ねぇ、知ってた? 永久少年ってね、自分では死ねないんだ。殺されるまで、ずっと生きてるしかない」
    「……」
    鎖はⅨ籠の言葉に固まった。突然、何を言い出すのかと思えば、返答に困る内容だった。隣で茶を啜っていた刺斬も同じだったようで、ぴくりと身を竦めるのが気配で分かった。
    「小難しい事考えてねえで、メシ食えよ」
    この話題は流す事にして、鎖はⅨ籠から目を離した。
    しかし、Ⅸ籠はどうにもその事を考えているようで、箸の進みが止まったままだった。
    物事には終りがあるから、安心できる…なんて、そんな事を誰かが言っていたことを思い出し、鎖はⅨ籠へ目を向けた。
    「ま、お前がどうしても、何もかも嫌になったってなら、そん時は俺に任せな。俺が生きてれば、だけどな」
    鎖は他人事めいた口調で言うと、Ⅸ籠は目を細めて薄く笑った。
     
     
    ◆◇◆◇◆
     
     
    2017/12/13の日記
    ※もし、刺斬がⅨ籠の部下になる前、アーミィの部下だったらっていう思い付き妄想。(執筆日:2018/04/09)
     
    それは、良く似た、別のもの。
    あの子はもう、ここにはいないのに。
     
    「刺斬」
    その声に、いつもドキリとする。
    同じ声の、同じ呼び方。
    それは同じ遺伝子をもった別の存在。
    「それ、好きじゃない」
    あの子は喜んでくれたけど、この子は違う。
    考え方も違う、好きなものも違う、別人。
     
    だけどこの子は、あの子の代わり。
     
    頭を撫でれば、
    あの子は「やめてよ」と、照れくさそうに笑う。
    この子は「子ども扱いするな」と、手を払い除ける。
    同じ顔で、違う表情を向けてくる、別人。
    やはり、あの子ではないのだと認識する。
     
    だからこの子は、あの子の代わり。
     
     
    ◆◇◆◇◆
     
     
    ※鎖とⅨ籠の小話。古いネタ。(執筆日:2017/09/27)
     
    「これ、鎖に似てる。これ、なんて名前の動物?」
    と、そう言ってⅨ籠が見せてきた写真には、雄々しいタイゴンが写っていた。
    「コイツは、タイゴンだな。虎とライオンのクロスブリードだ。…ってか、俺に似てんのかコレ」
    「どこにいるの?」
    「一昔前には、動物を集めた娯楽施設があったみてぇだが、今はねぇだろうな。元々、コイツは自然に生まれるもんじゃねぇ。誰かの管理下でしか生まれない生き物だからな」
    「じゃあ、オレと同じだ…」
    何か共感するものがあったのか、Ⅸ籠はまじまじと写真を見つめていた。
    その後、鎖は隊員たちの情報網を通じて、タイゴンのぬいぐるみを手に入れた。本物に比べたら間抜けなくらい可愛くデフォルメされているが、出来は良いものだった。それをⅨ籠に渡すと、Ⅸ籠は感じ入ったように抱きしめて、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で「ありがと」と言った。静かな態度からは分からなかったが、ぬいぐるみを片腕に抱いている姿をしばしば見かけるようになったから、気に入ってくれているのは間違いなさそうだった。
    前線でぬいぐるみを抱えて真剣な顔で指揮する姿は、さすがに刺斬も口を開いて固まっていた。それが可笑しくて最前列で大笑いしてしまった。隊員の士気にも悪いだろうということで、何とかⅨ籠を言い包めて出撃の時には持って行かせないようにした。
     
     
    ◆◇◆◇◆
     
     
    ※刺斬とⅨ籠の割と殺伐。古いネタ。Ⅸ籠が多重人格であることに触れたかったんだけど小説に至らなかったもの。(執筆日:2017/09/25)
     
    湿った空気に、ほのかに混ざるこの香り。
    魚のような、鉄のような。良く知っている匂い。それに混ざって、くすくすと子供が笑う声がする。
    刺斬は、食事の時間になったからⅨ籠を呼びに行こうとした。Ⅸ籠の所に向かう途中、さして広くも無い倉庫部屋の角で笑い声の主、思っていた通りⅨ籠の姿を見つけた。
    足元には死体が2つ。ひとつは腹から内臓を引きずり出され、もうひとつは両手足を切り落とされて、Ⅸ籠はその背中を執拗にクナイで何度も突き刺していた。子供が無邪気に虫を潰すのと、何ら変わらない様子。
    前にⅨ籠が言っていた「部下がみんな死ぬ」というのは、戦死ではなくてⅨ籠が殺しているんではないだろうか。そんな考えが浮かんだ。
    こんな常識が通用しない強さの子供に、いつか自分も鎖も殺されるのだろうか。
    Ⅸ籠が顔を上げて振り向いた。刃物のような視線と目が合う。まるで別人のような、いつものⅨ籠と違う顔付きに見えた。
    どちらにしても、今、この子供を否定したら牙を剥いてくる気がする。
    「気は済みましたか」
    気負けしないように先に声をかけると、Ⅸ籠の表情は少しだけ和らいだ。
    「お前は逃げないのか?」
    いつもより低い声。こんな声だっただろうか。微かな違和感。
    「どういう意味スか」
    「ほとんどのやつは、オレを見たら逃げるぞ。逃げないやつは怒鳴る」
    「ボスはどうして欲しかったですか?」
    問いかけるとⅨ籠は一瞬だけ目を大きくした。何か言いたそうに口を開けたが、すぐに唇を噛んで目を逸らした。この行動をよく見かける。言いたいことを言ってくれない。この子供の本心を抑え付けているものは何だろう。その本心に、平気で人を殺してしまう理由が絡んでいるだろうに。
    「お前、兄さんと同じこと訊くんだな…」
    どこか遠くを見るような顔で小さく返事をして、興が冷めたと言わんばかりの溜め息をする。
    「……」
    刺斬は言葉を返せずに口を噤んだ。
     
     
    ◆◇◆◇◆
     
     
    2017/12/13の日記
    ■会話ネタ■
    アミ「う~ん」
    ギガ「アーミィ何してんだ?」
    アミ「足枷外したいんだけど…」
    ギガ「溶接跡もねーし、どうやって付けたんだか…」
    グラ「オレが重力で割ってやるぜ!」
    アミ「本当に? じゃあそこの石割ってみて」
    ゴシャッ!!
    アミ「僕の足潰す気!?」
    ギガ「お前、微調整できる能力じゃねーだろ!」
    グラ「ごめん、無理だった」
     
     
    ◆◇◆◇◆
     
     
    2017/09/29の日記
    ■会話ネタ■
    刺斬「ボス、眠れないですか? 本読んで差し上げますよ」
    Ⅸ籠「子供じゃないし…。そんなので眠れるか」
    刺斬「不思議と眠くなるそうですよ」
    Ⅸ籠「・・・じゃあ、読んでいいぞ」
    -間-
    刺斬「・・・そして、ヘンゼルとグレーテルは無事に家に帰ることが…」
    Ⅸ籠「兄弟が仲良しで終わる話はやめろ!!」
    刺斬「す、すんません…」
     
     
    ◆◇◆◇◆
     
     
    2017/07/07の日記
    ■会話ネタ■
    Ⅸ「オレの警戒範囲にカボチャを入れてみろ! 殺戮だぞ!」
    刺「好き嫌いはダメです」
    Ⅸ「オレの生体機能を狂わせる存在は滅びろ!」
    刺「食べて滅ぼしましょう。明日はキノコです」
    Ⅸ「視認できる大きさのカビなんか食えるか!」
    刺「細かく刻んでカレーに入れます」
    鎖(刺斬が強い…!)
     
    刺「今日はナスです」
    Ⅸ「刺斬いい加減にしろ! 死にたいのか!?」
    刺「好き嫌いしてると大きくなれません」
    Ⅸ「戦闘能力に問題ないだろ! 今ここでお前に証明してやる! 刀を抜け!」
    刺「お兄様よりも背が高くなって自慢してやりましょう?」
    Ⅸ「………食べる」
    鎖(刺斬が勝った…)
    -終-
     
     
    ◆◇◆◇◆
     
     
    2017/05/17の日記
    ■ネタ会話■
    鎖「クロウ何で別働隊に混じってんだよ」
    刺「本隊の指揮して下さい」
    Ⅸ「やだ。ジャックと一緒にいる」
    鎖「しゃあねぇな」
    刺「朝ご飯までに戻ってください」
    鎖「ジャック、クロウ怪我させんじゃねぇぞ!」
    刺「ボスの事頼みます。…くれぐれも傷ひとつ付けないように…」
    ジ(保護者怖ぇ)
     
     
    ◆◇◆◇◆
     
     
    2017/03/25の日記
    ■ネタ会話■
    ボルテージ「お前と電源共有したい。結婚を前提に、付き合ってください」
    エレチュン「血痕? 突き合うのか? 俺はどちらかというと(戦闘)タイプではないが」
    ボルテージ「(そんな面と向かってタイプじゃないって言われるとは…。ショックでけぇ…)でも、諦める気は無いんだ」
    エレチュン「そうか。それなら俺よりも、アーミィの方が適していると思う」
    ボルテージ「えっ」
    エレチュン「アーミィは攻守共にバランスがいい。万能タイプだし、冷静で臨機応変に動ける」
    ボルテージ「(マジかよ、あのガキすげぇな)アーミィは俺のタイプじゃない…」
    エレチュン「なら、グラビティ…は、突き合うのは難しいか。…ギガデリはどうだろう。自分では動かないタイプだが、周辺機が優秀だ」
    エレチュン「(え、ギガデリってマグロかよ…)完全に生身の奴はちょっと…」
    エレチュン「じゃあ、ホリックはどうだ? (戦闘)タイプではないかもしれないが、頼りになる。血痕は…、ホリックなら何とかしてくれるかもしれない」
    ボルテージ「ごめんなさい勘弁して下さい。エレチュン以外はお断りしたい」
    エレチュン「俺と突き合うのは危ないと思う。(オートガードシステムに敵と見なされたら)ボルテージを破壊してしまうかも…」
    ボルテージ「(俺、殺されるほど嫌われてる!?)ま、まじか…」
    エレチュン「それに、無意識にシールド展開するから、俺に血痕を求めるのは無理だ」
    ボルテージ「(無意識? 本能レベルで拒否!?)何かよくわかんないけど、お前と付き合うのはハードルが高いということは良く分かった。・・・精進する」


    チョコレートと空模様

    クローン隊のほのぼの話。


     鎖は風に当たりに行こうと屋上へ向かっていると、廊下でⅨ籠を見かけた。ふわふわとした軽い足取りで、後姿からでも分かるくらい上機嫌のようだった。
     Ⅸ籠がこちらの気配に気付いて、くるりと振り返る。普段に比べて、ずいぶんと顔色もいい。良すぎて少し紅い。目が合うと、Ⅸ籠はにこにこと笑顔を見せた。
     Ⅸ籠がこんなに気を許したような笑顔をするなんて初めてだった。薄気味悪さを感じて怪訝に思っていると、Ⅸ籠は手招きをしながら寄ってきた。行けばいいのか来るの待てばいいのか分からねえと思いながら、鎖は遅いテンポで歩み寄った。
    「どうしたよ? 機嫌良さそうだなぁ」
    「さっき、コレもらった。おいしいから気に入った。鎖も食べるか?」
    「何食ってたんだ?」
     Ⅸ籠がここまで気分を良くする食べ物が何なのか気になった。まさかヤバイ薬じゃねえだろなと勘ぐりながら手を差し出すと、掌にチョコレートを3粒乗せられた。
    「お、いいのかよ。ありがとな」
     変な物ではないことに安心して、鎖は朗らかに笑った。続けざまにチョコレートを3つ口に入れる。パリッとしたコーティングチョコの中は柔らかいトリュフチョコで、なめらかな舌触りと華やかでフルーティーな香りが広がる。Ⅸ籠の味覚の拙さを心配していたが、これは確かに美味しかった。
     しかし、これは酒入りのチョコレート。しかもアルコールが普通の物よりもずっと強い。
    「まて、クロウ。それは」
     この場を去ろうとするⅨ籠に声をかけて、鎖はチョコレートの袋を取り上げた。
    「もっと欲しいのか? …あ、刺斬の分か」
    「違えよ。これは子供にゃ毒だ」
    「毒? …あいつ、オレに毒寄越しやがったのか…。殺…」
    「待て待て、そういう毒じゃねえ。子供が食うもんじゃねえんだよ」
     急に表情を険しくするⅨ籠に、鎖は慌てて言い直した。するとⅨ籠はひょいと跳び上がってチョコレートの袋を取り返すと、不満の矛先を向けて睨んできた。
    「オレ、子供じゃないし」
    「……」
     鎖は黙って歯を噛んだ。Ⅸ籠の機嫌を損ねるのは得策ではない。それに、Ⅸ籠が100%子供であると言い切れるわけではなかった。クローンは成長は早いが、永久少年はその名の通りずっと子供の姿のままだからだ。Ⅸ籠の実年齢なんて聞いたことがないし、Ⅸ籠自身も知らない。
     子供と大人の境目って何なんだと鎖は頭を捻らせる。どちらにしろ子供の体に高アルコールがいいとは思えない。自分の行動は間違ってないと自身に言い聞かせて、Ⅸ籠を見据えた。きっと刺斬も同じことを考えて酒入りチョコレートを没収するはずだ。
    「あー、その、だからな…」
     どう言い聞かせればいいのか、鎖は悩んだ。力ずくで奪い取って逃げるのも手だが、成功率は低いだろうなと思い直した。
    「こんな所で立ち話っスか? 部屋で茶でも…」
     廊下の角から、刺斬が顔を覗かせる。いい時に来てくれたと鎖は目を輝かせ、すぐに刺斬の肩を掴んで引き寄せると手短にチョコレートのことを耳打ちした。
    「なるほど…」
     状況を把握して頷いた刺斬は、Ⅸ籠の前で身を屈めて、同じ目線の高さでⅨ籠にゆっくりと声をかけ始める。
    「ボス、実はこのチョコレート、俺の大好物でして。我儘なお願いで申し訳ないスけど、全部いただいてもよろしいか」
    「そうなのか。…わかった。いいぞ。鎖もそうだって知ってたなら、最初から言えばいいのに」
     と、Ⅸ籠は少し惜しむような顔をしたが、気分を害すること無くすんなりとチョコレートの袋を刺斬に渡した。
     刺斬が礼を言うと、Ⅸ籠は気を良くしたまま去って行った。
     Ⅸ籠の姿が見えなくなるまで見送った後、刺斬はキッと表情を硬くする。
    「後で、クロウさんにチョコレート渡した犯人探して、注意しときます」
    「子供に酒与えるヤツなんざ、一発殴っとけ」
     鎖は口を尖らせた。やっぱり刺斬はⅨ籠の扱いが上手いなぁと関心する。自分ではどうしても喧嘩沙汰になってしまう。
     ふと、刺斬がチョコレートを食べようとしていた。鎖はきょとんとした顔になる。
    「おい刺斬、甘いもん好きじゃねえだろが」
    「酒は好きっスよ」
    「俺にもくれ」
    「俺がもらったものですし?」
     刺斬は意地悪く笑って見せたが、チョコレートを1粒だけ取って、袋を鎖に渡した。チョコレートを口に入れると「ほう、いい味だ」と呟く。
    「酒の味が分かるなら、クロウさんも大人っスねぇ。ははっ」
    「酔ってるせいで何もかも分かってなかっただけだと思うぜ…」
     鎖はケラケラと笑う刺斬を半眼で見詰めた。
     
     
     
     
     
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